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杉山 義樹 院長の La cafeteria de FUJI

Yoshiki Sugiyama presents

La cafeteria de FUJI

〜 院長のひとりごと 〜

杉山義樹院長が、毎月職員に向けて発信しているコラム 「La cafeteria de Fuji」を
ホームページをご覧になる皆様にもお届けいたします。

51 - 24 October 2018

■ 意識と言う錯覚8

最近、「意識・無意識」を意識(?)しているうちに、かなりマニアックな世界に来てしまった感がある。 本来、東名富士クリニックのスタッフが生活の知恵・生きる智慧を広げるきっかけになればと思って書き始めたのだが・・
「学歴は役に立たないが、知識は役に立つ」そういう思いもある。学歴は知識や智慧を磨く間に第三者が「修了証書」として渡している物にすぎないと思っている。 第三者が保証するという事は双方に各々思惑が有る。 日本で役に立つ学歴も環境の異なる世界に行けば全く役に立たない。東大出、京大出と行っても中国奥地に行ったら何の役にも立たない。 日本の医師も国内では「お医者様」で居られるが、ヨーロッパに行けばただのツーリスト。 その点知識は大丈夫。 医学部卒と言う学歴は屑でも、医学知識はヨーロッパでも喜ばれる。 皆さんも同じ。 私がこれまでここに書いてきた内容をそれとなく話題に入れたら(英語・フランス語・ドイツ語・スペイン語等ができる事を前提ね)それこそ「素晴らしい知識人だ」と絶賛されること間違いなし!(かなり自画自賛だけど)

で、今回は、運動神経の話。 俗に言う「反射神経」ですね。
「運動音痴」ってよく言われますよね?  そんな人がよく口にするのが「だって、考えているうちにボールが来ちゃう」「意識しているんだけど、出来ない」「怖くてできない」 実は全て「意識」が邪魔しているんですねぇ〜〜
「意識してから動く」
「意識しているから動けない」
これまで、神経を介して脳に情報(刺激)が入力された後「準備電位」と「誘発電位」が発生する話をしてきました。 「意識」として認識されるための「準備電位」には遅れが生じるため、そもそもの「事の起こり・スタート」の時点に「時間を戻す」役割(錯覚させる)として「誘発電位」が存在する。 つまり意識に上がる(準備電位)前に「現象の変化」は既に脳細胞は誘発電位としてとらえているのです。 その時に勝手に動いてくれたら・・
だったら全てそれで(誘発電位だけで)動けばいいのでは? 準備電位で意識に上がる必要性は、時間以外の「質・量」等の情報も加味した「総合評価」に有ると思ってください。 総合評価が間違えているのに、勝手に行動を繰り返したら死に至りますよね? これが高等に出来るのは実は人間ぐらいなのですが・・・。 この話に関しては「アントニオ・R・ダマシオ」の情動と意識の話に成るので、後々、後々〜〜に。

運動神経の話に戻りましょう。
「誘発電位で行動を起こせるようにする」
これが「反射神経」「運動神経」です。
運動神経を磨く。たとえばスポーツ選手は繰り返して同じ動作を練習します。 良く「体に覚えこませろ」「体にしみこませろ」とか言われます。
そうなったときに躰(特に意識)の中はどうなっているのでしょうか?
モーグルスキーを例に「意識先生」「無意識先生」の二人と「躰という生徒」の会話を例に説明してみましょう。そろそろ冬だし。スキー行きたい!
 生徒「コーチ。瘤で飛ばされてしまうのですが・・」
 意識先生「今の滑りを見ると後傾ぎみだね。 前傾するのに膝・臍を意識してみよう」
旨く行かなかったという出来事を意識した後(結果を見た後)に解析し改善。 フィードバク制御を行います。 つまり意識は反省点から解決策を導きます。名コーチです。

無意識先生の場合はどうなるか。
生徒「コーチ。瘤で飛ばされてしまうのですが・・」
無意識先生「えっ、何で? 瘤が来たらふつうに吸収しない? 普通に前傾するし膝まがるでしょ?」
分かる様な、分からない様な。 名選手、名コーチ成らず。
無意識先生は次に来る情報に対し変化も予測しながら解決策をだす。フィードフォワード制御を行います。 ミスタージャイアンツ。長嶋茂雄はこうだったらしいですね。

繰り返す練習で「フィードバック制御」(大脳の運動野)を繰り返すうちに「成功体験や伝達経路の発達(別の機会に)」の為に図に有る様な小脳皮質のプルキンエ細胞を介した「フィードフォアード制御」が発達してきます。

フィードフォアード制御

(私は経路として発達したフィードフォアード制御のスタート地点は「誘発電位」であろうと考えています。自説)
スーパー選手はこのフィードフォアード制御の発達がすごいのと同時におそらくフィードバック制御もかなり発達しているのでしょう。なん経路もあると思います。 甲子園球児が試合中に旨くなる。まさしくいい例でしょう。 ただ、これもそれまでにすさまじい「成功体験や伝達経路の発達」の蓄積が有ったからですけどね。

このフィードフォワード制御。 スポーツの世界だけではありません。
手を差し伸べる。 笑顔を作る。 挨拶をする。 同じです。
動作は全て同じ神経経路を介して表現されます。 スポーツに特化していません。 常に笑顔を作っていると、無意識のうちに笑えます。 常に挨拶をしていると無意識のうちに挨拶しています。 意識するとできない事も無意識に任せてみる。 簡単でしょ? スポーツ選手の運動神経・反射神経と全く同じ理屈です。
おっ、今回は生活の知恵になったかな?

スポーツ選手で思い出しました。 スポーツ一家。 運動神経って遺伝する?
どう思いますか? 私は環境だと思っています。 でも「遺伝する」と言うのが一般的かな。 実は・・ 忘れなければ次回はこの話。

**現院長室にて
la cafereria de fuji (不定期・11時半から13時)
オープン中。 コーヒーサービス)

51 - 24 September 2018

■ 箸休め、ならぬ「頭休め」

意識・無意識の話を続けてきましたが、ここらで小休止。
箸休め。

院長室に来たことある方は知っていると思いますが、私の机の上には雑多な本が山積みです。 たとえば、この原稿を書いている時にも机の上に有るのは意識や無意識に関する本、ウィルスに関する本、病院・クリニック経営に関する本、宗教や心理学関連、歴史関連、スポーツ関連、小説などてんこ盛り。 あるスタッフに聞かれたことが有ります「この種類の多さ、どうやって読むのですか?」
たしかに、読み始めていない物もあるのですが、「頭休め」に違うジャンルを読むのです。 箸休めですね。 自分の中では「脳細胞の違うところ(正確には無意識の領域では無く、意識の領域だから、そんなに違うところを使っている訳ではありません)を使って気分転換」と思っています。
で、今月は「頭休めに」富士山の話、雑学。 いつも雑学か・・

昨年、富士山に初めて登頂しました。 「ゼロからの挑戦」で海抜零から山頂まで。ところで剣が峰の高さ(二等三角点)は標高何メートルか知ってますか? 3775.63メートルです。 また、その北側に岩があり、そこが3776.24メートル。 二等三角点には立てますが、その岩には怖くて立てませんでしたね。
ことしも、富士登山を計画していました。 結果的には他の「トライアル」の為に行くことができませんでした。 しかしながら当初の予定(二合目からの一泊二日)の初日の計画、「水ヶ塚公園(二合目付近)から富士山自然休養林のハイキングコースを登り宝永山火口を回って6合目の山小屋まで」を往復してきました。
意外と知られていないのがこのハイキングコース。 五合目からの富士登山はつまらないですよ。 海抜零とは言わない、せめて二合目からこの富士山自然休養林を抜けて登頂して欲しいです。

自然休養林の原生林

自然休養林の原生林の中は日が入らないところもあったりと、一般的な富士山のイメージとは異なる別世界。

木々の合間から見える富士山頂

木々の合間から見える富士山頂。

富士山の岩肌

それが次第に大きさを増し、そして森林限界点(2400メートル付近)を超えた瞬間に広がる富士山の岩肌。 これを体験しないで富士山登山はちっとも楽しく無いのでは? バスで五合目まで行って登るなんてことはやめてほしいな〜〜〜。
富士登山路と言うと、絶対にあこがれるのが村山古道。平安末期にひらかれた最古の登山道で、「修験道の中心地」として栄え、今も残る村山浅間神社は知る人ぞ知る聖地。

も山伏の姿をした修験道の方々

現在でも山伏の姿をした修験道の方々が、それこそ海抜零からこの登山道を抜け24時間で山頂までを往復しているとのことです。 すごいな〜〜
興味のある方は吉原商店街にあるお土産屋さん「東海道・表富士」のオーナーさんに聞いてみてください。

50 - 30 August 2018

■ 意識という錯覚 7

八月も終わりだというのにこの暑さ!
8月26日日曜に東京の亀戸天神の神輿を担いでまいりました。それにしても富士に比べると東京は暑い! 朝7時にもかかわらず30度近い。
江戸の神輿は喧嘩神輿(宮入や、宮神輿の取り合い合戦)に成らない限り素足が粋。 当然、熱いアスファルトの上を素足で・・・ 10時でアウト。 とても素足は無理でした。それでも足袋は履かずにビーサン(ビーチサンダル)だけで頑張りましたが、ビーサンのゴムを介しても路面の熱さは感じましたね。

さて、錯視の続き。
本日ぎりぎり8月30日、締め切り、間に合った!
ちなみに私の二人目の孫の誕生日です。 関係ないか・・

そもそも錯視など錯覚(定義は前回参照)がなぜ有るのか?
錯視に関して言えば、動物としてその方が都合がいい、と言うか、見えている(外界の情報)物を効率よく判断・認識するために備わっている機能と私は認識しています。 視覚は三次元の情報が二次元の網膜に投影されたものを「視覚野(後頭葉に有るのは第一視覚野、そこから放射線状に第5まであります)」で形や距離・色合い等を事実(?)に則して認識できる様に構築します。 無意識の中で「二次元の情報から三次元のイメージ」を造りだし、結果そのイメージを意識が認識します(そういった意味で「事実」かは不明ですね)。 錯視はむしろ未完成の処理状態と考えてもいいのかもしれません(私見)。

前回の図を振り返って見ていきましょう。

ミューラリヤー錯視(図形)

長さが違って見える二本の線。「ミューラリヤー錯視」として有名です。この様な線が存在する状態を日常生活の中でしめしたのが以下の建物の絵です(前回と左右が違います)。

ミューラリヤー錯視(建物)

Y字になっている線の方は、日常的には奥行きだったり、遠くに有る物を見ている時の情報として網膜に投影されるのと同じです。 一方、傘マークの様な線の方は建物壁の出っ張りや突出していたりしている情報として網膜に投影されます。 と言う事は、網膜に投影された線の長さが同じであれば、距離を考慮すれば自動的に、遠くに有る方(線)は本来はもっと長いはずですし、近くに有る方(線)そこまで長く無いはずです。
網膜が二次元でとらえた情報を視覚野が無意識のうちに処理して三次元に組み立てる方程式の手の内が「ミューラリヤー錯視」の正体なのかと私は理解しています。

白三角の正体は何でしょうか? 「カニッツアの三角形」と言われています。

カニッツアの三角形

この三角形の特徴は白三角が浮き出ていて、なお且つ周囲よりも明るい白に見えます。 「主観的輪郭」と言うらしいですが、どうしてそう見える(錯覚する)のかに対しては、奥行きのメカニズム説・補完説・エッジ検出のメカニズム説などがあり実際には分かっていないようです。 錯覚を「無意識のレベルの情報処置のパターン化」「その方が日常生活には都合がいい情報処理」ととらえている私にすれば、日常の中にその答えが有る気がしています。 そういった意味では「補完説:無い情報をそれまでのパターンから補う」と言う説を取りたいですね。

最後は渦巻き錯視。 前回の図はフレーザー錯視。

フレーザー錯視

白黒の織紐を同心円状に並べると渦巻に見えます。 これは直線が傾いて見えるカフェウォール錯視が根本に有り、フレーザーが同心円状に並べた絵「渦巻き錯視」が有名に成っています。
渦巻き錯視の謎を理解するのに、基本であるカフェウォール錯視を解析しましょう。

カフェウォール錯視@

上の図が典型的カフェウォール錯視。 これを解析した東京大学大学院数理科学研究科の新井仁之さんの論文から引用させてください。
第一視覚野(V1)には「周囲に大きなコントラストの刺激が有る場合は、弱いコントラストは抑制され、周囲にコントラストの大きな刺激がない場合は、弱いコントラストの刺激は強調される。」という情報処理能力が有るようです。(なぜ有るかは分かりません)
これを実践(実験)したのが下です。

カフェウォール錯視A

上左は「水平線の色がカフェウォール画像に有る黒いタイルより黒いか、あるいは白いタイルより白いと錯視がなくなる」例で、下左は「水平線が太いと錯視がなくなる」例です。 確かに錯視は消えています。
日常生活でこの「コントラストによる錯視」の現象の必要性は思いつきません。 でも、絶対に二次元の網膜映像を三次元にイメージする時(意識に上げる時)に必要な情報操作であると思います。 どなたか気付いたら教えてください。

49 - 24 July 2018

■ 意識という錯覚 6

連日の猛暑。熱中症で意識朦朧。
夏バテは気合の問題だ!!

心頭を滅却すれば火もまた涼し
猛暑だってこの心境に達すれば乗り越えられる。

私の小学校・中学校時代は夏バテ(熱中症・日射病)で倒れるのは気合が足らないからだ、と信じられていました。 つまり、この諺そのままに(間違えて)とらえていたのでしょう。 熱いと思うな! 気持ち(意識)を変えろ!

うむ? 意識!?
おっ、ありえるかも??

この諺では「火傷」はしないとは言っていません。 科学的に言う細胞の炭素化(燃え尽き)や細胞のたんぱく変性がないとは言ってません。 つまり「意識」が「涼しい」と感じている。
何度も言う様に、何せ意識は無意識に騙されているのですから、意図的に(この時点で意識していますが)無意識に騙されてしまえば・・・
あっ、やっぱり駄目か・・
実は無意識とはある意味「生命体が生きていくために必要な事を事前に効率よく処置している」部署。 「火」つまり火傷など致命的な現象に対して意識よりも先に「避ける指令(生命温存)」を出してしまいます。 では、どうするか? 無意識を意識が操る?  そのな逆の事出来るのか?
なんか出来そうな気もするな〜〜
もちろん火渡りとかの苦行をしないでですよ

「錯覚」を使えば可能? 意識の錯覚を逆手に取る。 錯覚の現象・理屈を知れば、諺の通りに「火」を「涼し」いと無意識が意識を騙してくれる方法が見つかるかもしれません!!??
錯覚は「無意識が(良かれと)勘違いしている」現象と私は考えています。
無意識が効率よく処置したが為に、それが仇となり、どうにもならない間違い(生命体にはむしろその方のが都合がいい)を犯していると考えています(完璧に私見)。 先月の0.5秒のタイムトラベルは「真実に近い状況」を意識に伝える為のより「嘘も方便」的な騙し?ですね。 事実とは異なる様に認識させる、ここでの錯覚とは少し異なります
実社会で言うと「あいつに違いが分かる訳がないから、この程度で良いよ」と手を抜いた仕事をする職人(無意識)。 ま、「情報の省略」と言う意味では手抜きかもしれませんが・・。 が、錯覚の大本。
錯覚とは「事実を正確に理解していても、事実と異なった状況・状態であるとしか認識(意識)出来ない状況」。 錯覚と思いこみ・勘違いの違いは、第三者的にみて誰もがそう思ってしまうか、否かです。それこそ勘違いしないでください。
以前、味覚の錯覚の話をしたことが有りますが、今回は五感の中の「視覚」の錯覚の話をし、随時、可能であれば先の諺の可能性も探ってみたいです。

視覚の錯覚(錯視)のいい例を見せしましょう。
添付図には@長さが同じなのに違って見える。 A真ん中にあるはずのない白色の三角形が見える。 B同心円の円が書いてあるだけなのに渦巻に見える。

視覚の錯覚

分かっていても、そう見える。
その他「錯視」でネット検索すると沢山の図が出てきますから是非見てみてください。
錯視の画像をみて面白いと思うだけでは「意識と言う錯覚」の話なしには成らないのですね。 当然、科学的に説明しましょう・・次回ね。

48 - 28 June 2018

■ 意識という錯覚 5

 幼い自分の子供を虐待して死なせたり、少女誘拐殺害。 子供たちが犠牲になる犯罪ニュースが流れます。 私はそのたびに心が重くなり、その犯人に対し強い怒りと同時に哀れさも感じてしまいます。
 先日も五歳の子が「きょうよりも あしたは もっとできるようにするから、おねがいゆるして」との手書きを練習しながら虐待死。 ネグレクト。 最近の研究ではネグレクトを行う親自身が「その母親(つまり虐待を受けた子供の祖母)の胎内にいた時に十分なプロラクチン環境」に無かった場合に置きやすい(?)という研究結果が出ています。 妊娠中はその胎児だけでなく、その胎児が有無であろう、その次の子供の環境にも影響するという事ですね。 若いお父さん、お母さん、将来のお父さん、お母さん、可愛い孫の成長を願うなら、今その妊娠環境を大事にしましょう。 プロラクチンは母性本能ホルモンと言っていいでしょう。 ま、何の事は無い。 愛情いっぱいで妊娠・出産を迎えれば良いだけの気もしますが・・・

 さて、意識の話。 身体に起こった事象が「意識」されるのに時間がかかるため時間的ずれが生じるはず。 にも関わらず、意識はその事象の時間軸にずれがない。 と言う話が前回の話。 「当たり前」と思うでしょうが、それは「そういう意識」を植え付けられているからなんですよ。 今からの話を理解すると、何という素晴らしい「トリック(錯覚)」を無意識が行ってくれている事がわかるでしょう。

 余談ですが、この手の領域を知れば知るほど脳の無意識の世界をコントロールしたくなりますね。 最もその時点で「意識」に成ってしまいますかね。 スポーツ選手のマインドコントロールはかなりこれに近い。 いや実際に無意識を操っているのかも……

 先月お話しした中で「準備電位」と言うものが有りました。 これは「意識」に上がるために必要な「0.5秒の立ち上げ時間とそのあとの電位変化」を言います(図は先月に。 準備電位=意識される、と思ってください)。 リベットは「開頭電気刺激実験(私が勝手に命名)」でもう一つ新たな電位変化をEEG上で発見しました。 皮膚を直接刺激した時(たとえば痛覚)に皮膚刺激後0.02秒で大脳のEEGに変化が測定されるのです。 「誘発電位」と呼ばれるものです(添付1)。

刺激⇒0.02秒後に誘発電位が発生

 ごく弱い刺激ですと「誘発電位」は発生しているにもかかわらず「準備電位」が発生しません(強い刺激、5秒以上継続する刺激で無いと発生しないらしい)。 と、当然「意識」は登らず「無意識」のみでとどまっている事も観察されています。
この誘発電位が実は「時間軸変化」を起こさせ時間のトリックを引き起こします。

 リベットの仮説をもとに添付2を説明しましょう。

誘発電位までタイムスリップ

 皮膚の刺激後0.5秒後に準備電位の結果、「T」の「自覚の発生」=「意識」が起こります。 この自覚は「質」、つまり「痛い」とか「冷たい」「気持ちいい」とかの内容の意識(クオリアと言います)であり、この時点ではその刺激が起きた時間軸は意識されていません。 とそこに新たな情報があります。 「誘発電位」です。「意識された内容は実は0.5秒前に起こった事象ですよ。 その証拠に脳波の変化として0.02秒後に誘発電位が有りますよ」と無意識が教えてくれるのです。 で、「意識」が「なんだそうだったのか」と「言われるままに」(U)で起きたとして「意識を変え?」ます。
で、意識はさも事象がおこった直後に「痛い」「冷たい」「気持いい」を自ら「意識」していたと言い張るわけです。 本当は.5秒後に「意識」したはずなのですが…… 意識は0.5秒遅れているのです。 つまり意識は無意識に騙されている(諭されている)。約0.5秒間のタイムススリップをさせられているのです。
 では、この様な意識・無意識の現象は何の為にあるのでしょうか?
 次回以降に。

*何度も言いますが「腱反射」や「条件反射」等は別回路です。

47 - 30 May 2018

■ 意識という錯覚 4

 こんにちは。 皆さん、柔らか頭してますか? 私達の見ている現実や思い・感覚がいかにいい加減(?)な世界であり、頭の中で勝手に想像・理解したものである事を知り、真実(?)を見る目を養いましょう!

 前回に引き続き、私達が「意識するその瞬間」の前に「無意識は既に活動」していて、その活動から遅れて「意識」が立ち上がるけど、私達は何も知らないという、何とも分かるような、分からない様な話し。 私達は常に「見えた瞬間に認識」し「触った瞬間に認識」しています(と思っています)。 ここでは意識とはこうした「認識」と思ってください(意見もございましょうが)。 また、この認識も「知識や経験の認識」とも異なり、今は「**と理解した・認識した・分かった=意識」と単純に考えてください。

 さて、「準備電位なるものが存在する」事は前回に話しました。
 たぶん皆さんは「えっ、何??」、「0.5秒!そんなに意識が遅れたら、怪我ばかりする」と思われたでしょう。 その通り。
 画鋲を踏んでしまった時にすぐに反応しますよね。 ぴょんと跳びのきます。意識は遅れていません! いえ、実はこれが「無意識による時間トリック」なのです。 後々説明しますが、詳しくは、画鋲を踏んで跳びのいたり、100m選手がスタートの合図と同時に飛び出したりできるのは「フィードバック・フィードフォワード」と言う無意識での反射の仕業。 意識とはチョイ違う。極端に言うと、漫才とかで相方に頭小突かれて、しばらくしてから「何やねん、そう言えばさっき出っぱなに叩いたやろ?」とボケ役が気付く。 これからの話はこれに近いです。(叩かれた事と「さっき出っぱな」という時間は理解している)(「神経が鈍い」とは異なるので注意)

 では、再度、意識に先行する準備電位の理解を深めてもらってから「時間トリック」の話にうつります。
 フィンランドのリスト・ネーテン達が準備電位の裏をかこう(準備電位が無くても意識は動くはず)として、「読書に集中している時に(だしぬけに)反応スイッチを押す」という実験を行いました。  動作に先立つ「準備電位」を出来るだけ発生させない方法を探した訳です。 が、惨敗。 被験者は不意な(実験者が予期しない時に)自発的衝動にしたがって速効で押したと感じていたにも関わらず、しっかり0.5秒前から準備電位が存在していました。 いや、敏捷性の問題で、動きが鈍い被験者であったのでは?   そう思いますよね。 アーサー・ジェンセンは「反応実験(つまり人間の反射神経実験でしょう)」を行い0.25秒と言う人間の反応時間結果を出しています。 そう、普通の人なら0.5秒以内には反応できる。 つまり明らかに準備電位0.5秒内に反応できるはずなのです。
 では、この実験で、わざと遅くしている被験者がいるかもしれない?  早押しゲームの様な他の実験で、被験者に「少しだけ反応を送らせる」実験がありますが、その結果は、0.5秒どころか、大幅に遅れたそうです。 つまり、「無意識の準備電位0.5秒」には勝てないし、意識した時にじゃもっと遅れるとい事でしょう。
 余談ですが、オリンピック100m走ではスタート合図の0.1秒以内はフライングだそうですね。 つまり訓練をしたアスリートでさえ神経学的にそれより早い「反射」はありえないそうです。ちなみにベン・ジョンソンは0.132の反応時間を出しました。(これはフィードバック・フィードフォワード訓練による無意識の反応ですから、意識する為の準備電位は関係なし、と私は理解)

 さて、いよいよ「時間トリック」の話。リベットにも準備電位と意識のこの時間的ずれには懐疑が有りました。 0.5秒前に準備電位と言う脳波の変化が既に存在する(既に前段階で無意識は動き出している)にも関わらず日常的に我々は常に意識した時を「今」だと感じているし、常に我々が0.5秒遅れた人生を過ごしているとも思えない(運動音痴やスローライフとは違いますよ)。 何かが起きている。
 ルベットはこの問題を探ろうと、開頭手術を受けている患者さんの協力を仰ぎ次の様な実験をしました。
 まず、開頭した患者さんの大脳皮質感覚野

ホムンクルス2

に電極を当て大脳皮質に直接電気刺激を与えます。 実はこの時、皮質には0.5秒以上刺激しないと「意識」としてその感覚野の部位(手足など)に刺激は感じません。 つまり人工的に準備電位を作らないとならないからです。
 さて、実験です。(ちなみのこの実験は人間以外では出来ないのです)
@ 脳の左半球つまり「右手に対応する皮質感覚野」を刺激
A その0.4秒後に「左手の皮膚」を「直接」刺激
B 患者さんに左右どちらの刺激が先に感じたかを答えてもらう

 結果はどうなると思いますか?
 理論上、脳波上の変化としては「準備電位の0.5秒間が有った」後に「意識」が環境の変化(知覚だったり、能動的動きだったり)として認識します(言い方が違いますが)。 これは、数々の実験、数々の研究者から事実として理解されています。 その事から鑑みると、Aの「左手の皮膚」へ刺激が加わって0.1秒後には@の「右手に対応した皮質感覚野」の準備電位が完了するはずなので、この時点で「右手」の刺激を感じ、遅れて刺激した分の0.4秒後に左手の刺激を感じるはず。 つまり、刺激した順番通りの右手・左手の順に感じるはずです。
ところが実験結果は何度行っても(実際の回数は知らない)違うのです。 常に「左手」のが先なのです。 脳波の準備電位の理屈にそぐわないのです。なぜ?
 じゃ〜〜〜ん。 続く!
 ここからが本当の時間トリックの話。

 連続ドラマと同じ。良い所で次回になるのですよ。 

46 - 24 April 2018

■ 意識という錯覚 3

 意識シリーズも三弾目ですね。
 今回は「意識」が時間的トリックにより「無意識」に操られタイムスリップ話です。  私達は常に「その瞬間」を「意識(理解・認識とした方が理解しやすいかも)」 しています。 正確に言うと実は「〜〜のつもり」なのです。
えっ、だって、常に「今は今、この瞬間は、寸分たがわず今」ですよ!
本当? 違うよ! と言う話。

 これを証明するのは非常にややこしいのです。 なぜなら「意識」した時が「意識」 であるし、意識しなければ「無意識」と言う「自分の知らない世界」にその物事 (事実?:事実も意識した事実と無意識の事実が有るのですがね)を封じ込めたまま になる。 そいつは生涯、日の目を浴びない事に成ります。 だって、どうやっても 「意識」出来ない訳ですから・・・

 で、このとんでもない意識と言うパラドックスの中で「時間のトリック解明」に 挑んだ(正確に言うと気付いた)神経生理学者がいました。ベンジャミン・リベット。  この方がとんでもない(?)実験をしました。 開頭術の際、脳に電極を当て 被験者の言動に合わせてどんな脳電位が取れるかの実験をしました。 今だと患者 団体や倫理委員会から即効訴えられますよね。(話がそれますが、時間と空間に おける意識・無意識の話もおいおい)

 実はリベットは有る疑問からこの実験を思い立ち見事に「タイムスリップ」を 証明して見せるのですが、まず、彼に疑問を持たせることとなったドイツの神経生理 学者達の実結果から話しましょう。

<準備電位の発見>

 ドイツの神経生理学者達は、脳波(EEG)が睡眠と覚醒の状態に対してしか利用 されていなかった時代に、「動作を行っている事を脳波観察できるか?」を証明 しようとしました。 方法は通常のEEG装置を装着した被験者に、「自主的に意識 した時だけ手足を動か」してもらい(詳細は省略)脳波を測定するというものです。  とすると図1(下図)の様なEEGの電位変化が得られました(図は集析・解析を 繰り返してます)。
 横軸の「0」秒が実際の行動。その0.2秒前の電位ピークが「意識した瞬間」。  ところがその0.5秒から1秒前ぐらいから「電位」は既に変化しているのです。 これを準備電位と言います。

 そりゃそうだろう。 「よーし、今から動かすぞ。観測者に分からない様に思い かけない時に動かしてやる」という被験者の「意識(心)の準備が有るから、 当たり前」。 と、思うでしょう。 ところがこの電位はその「被験者の思惑?」 とは別な電位変化なのです(詳細は原著)。 恐ろしく反射神経が良い場合でも 「意識から行動」の0.2秒は短くできても、その前の0.5秒は短くできない、と言う 事です。 でも、可笑しいですよね、0.5秒も前から脳波の電位変化が有るのに当の 本人が気付かない(意識出来ない)なんて。 「絶対に意識出来ているはずだ!」  と言う事で、この問題に取り組んだのがリベットです。

freewill

 リベットの実験結果を紹介する前に、リベットの考えを紹介しつつ、準備電位 という「現実」の理解を深めましょう。

 先の実験(準備電位)で調べたような自由意思による自発的行為でさえ脳レベル では無意識のうちに始動しうるし、現に始動している。 あらゆる意識的且つ自発的 な行為が行われる0.5秒程度前には特別な無意識の脳プロ節が始動していると考え られる。 つまり意識的に行動を決意したつもりでも0.5秒前から脳は動き出している。  無意識のプロセスで。
 それは意識が行為を始めたのではない。 意識は0.5秒遅れている。 これは確かだ。  でも可笑しい。0.5秒はでかい。 スポーツで0.5秒差はぶっちぎりの差。  気付かないはずがない。
 意識は遅れてやって来ているのにそのことを私達に黙っている。 つまり日常で この0.5秒の遅れを私達が自覚することはない(意識のパラドックスでもあるが)。  私達はかなりの脳天気である。 意識は自らを欺いている。 だが、意識の持ち主 である私達を欺かずに自分自身を欺くことなど可能だろうか? (以上、「ユーザーイリュージョン」からの抜粋と私の注釈)

この0.5秒遅れる「意識」の本質を見抜くためにリベットが行った実験が「開頭して 電極」の実験です。

と言うところで、来月に「続く」 
次回をお楽しみに〜〜〜

45 - 26 March 2018

■ 意識という錯覚 2

「心とは何?」の問いからはじまり、「心の真髄」に到達する前の「意識は何?」 のレベルで低迷する今日この頃です。 「心」と言えば目茶面白いプロジェクト発見。 「ロボマインドプロジェクト:田方篤志代表」(https://robomind.co.jp/about/)  ネットで情報が見れますから興味のある方は。

 さて、低迷した意識の私が今回お話しするのは、「会話の木」と 「ハイコンテクスト・ローコンテクスト」。 一見「意識と言う錯覚」 とは離れた題材の様に思えるでしょう? 「意識と無意識」 の関係を理解するのに現実的な話として分かりやすいかなと思います。
 あっ、そうだ「意識と無意識」の関係。 この話もまだでした。 今日の話を理解するのに私達の頭の中(心の中?)には 「意識と無意識があり両者は情報伝達」をしている。 この事だけ抑えといてください。
情報伝達。 つまり日常の私達で言えば「会話・コミュニケーション」ですね。
「会話・コミュニケーション」とは 「口にする言葉のみならず文字・絵・表情・態度などあらゆる方法で自分の意思(考え=情報)を伝える手段」です。  私は常々「こんなに英会話教室が有るのにどうして日本人は英語が話せないのか! (自分は置いといて)」と思っています。 一般的に言われるのが「会話力」です。  英語という「語学(ツール)」での「会話」の前に「idea・意味・考え・思考」 が出来ていないなら、会話が成り立つはずが有りません。  「おはよう・こんにちは」を英語で言って「英会話」?? それは単なる「音の伝達」です。  会話・コミュニケーションはこれではありません。

早速「会話の木(添付図@)」で見ていきましょう。

<会話の木>

 (*):会話の木の中の枝、つまり心の中(意識内)での独りごと、 番号はそれぞれ一個の枝(情報)を互いに同じ枝の位置に有る事をしめす。
「*」:実際に言葉に出して(speech)伝達。言葉。
Compression:考え(意味)をまとめてコミュニケーションツール (言語・態度・表情など)に纏める作業。
Expansion:得たコミュニケーションツール(言語・態度・表情など) から、展開しその考え(意味)を想像する過程。

  • ● 例1

    うまくいっている夫婦の会話 A :妻 B:夫

  • B:

    (そろそろ、@結婚記念日だ。 いつも A世話に成っているし、 B行きたいって言っていたレストラン「富士の丘」を予約してあげよう。 C給料も入ったし、D大盤振る舞い。たまには贅沢もいいだろう。)

    「ねえ、今度の土曜日、「富士の丘」に二人で行かないか?」

  • A:

    (えっ、嘘! @覚えていてくれたの。 そうね、A夕食の準備も疲れたし、 Bあの店行ってみたかったの。 Cお給料入ったから D清水の舞台ね。 ありがとう。 )

    「まぁ、ありがとう。 貴方、素敵!」

 どうです? 素晴らしく息の会ったご夫婦ですね。 実は(*) 内の心の中の独りごとを「外情報(伝達する情報から外された情報)」といい、 実際に伝えられた情報を「内情報(伝達する情報に含まれ情報)」と言います。  夫のBが言わんとする「外情報」を見事にExpansionして同じ会話の木を作る奥さんAでした。

  • ● 例2

    超浮気症の夫Bと猜疑心の強い妻Aで同じ会話

  • B:

    (そろそろ、@結婚記念日だ。やば、C子と約束しちまった。   一応、カミさんにはA世話に成っているしなぁ、BC子と予約したレストラン 「富士の丘」をこっちに回すか。 C給料も入ったし、 Dたまには見栄きっとかないとバレルしな。)

    「ねえ、今度の土曜日、「富士の丘」に二人で行かないか?」

  • A:

    (なに、しらじらしい @結婚記念日覚えています風? 大体いつも A邪険にしてるくせに、B富士の丘に行くって? 元々私が教えたジャン  C安月給で女遊びしといて、Dそんな金有るのかい? 絶対何か有るな?)

    「まぁ、ありがとう。 貴方、素敵!」

「会話」の内容(内情報・言葉)は同じですが、会話の木(外情報) は全く違いますよね? 会話は成り立ってそうですが、全く異なる意見・理解の内容です。 作り上げている外情報の枝は全く異なります。

  • ● 例3

    超浮気症の夫Bと疑う事を知らない純な妻A

  • B:

    (そろそろ、@結婚記念日だ。やば、C子と約束しちまった。 一応、カミさんには A世話に成っているしなぁ、BC子と予約したレストラン 「富士の丘」をこっちに回すか。 C給料も入ったし、Dたまには見栄 きっとかないとバレルしな。)

    「ねえ、今度の土曜日、「富士の丘」に二人で行かないか?」

  • A:

    (えっ、嘘! @覚えていてくれたの。 そうね、A夕食の準備も疲れたし、 Bあの店行ってみたかったの。 Cお給料入ったから D清水の舞台ね。 ありがとう。)

    「まぁ、ありがとう。 貴方、素敵!」

どうです? こちらも全く違った外情報から出た内情報の会話場面でした。  実はこの三組目の夫婦の様な外情報と内情報のやり取りが起きているのが、 「無意識と意識」の関係なのです。 無意識が夫B。 もちろん、ここまでずる賢い詐欺的な状態では無いですよ。 「無意識」がとらえた様々な情報の中で、「意識」に上がってくる「内情報」 はほんの一部で、しかも意識はさほど会話の木をExpansionしません。 これに関しては次回以降詳しく。 今回は「会話の木・内情報・外情報」を覚えておいてください。

 ところで、 一例目のご夫婦のような「言わんとすること」が「一言」 で全て伝わる。いわゆる「あうんの呼吸」。 これを「ハイコンテクスト」 と言います。 添付図A(ハイコンテクスト)の「コミュニケーション環境」 を見てください。

<ハイコンテクスト>

 なんと日本人は最高位の「ハイコンテクスト」にランキングされています。 どうしてか?
「・・・で・・・だから」
で分かったらすごいハイコンテクスト!!

私が思うに、単一民族・単一言語・島国・単一化された文化、文明など 「単一」と言う形容詞に代表される「あうん文化の日本人環境」 だからかなと思います。 ただし、このハイコンテクストは「情報を流す方」 ではなく「受け取る側」の「能力」による事に大注意です。 先ほどの会話の木での例1の「妻A」の様な方です。英会話教室に通う割には「会話」 が出来ない日本人。 逆説的に考えれば 「言わなくてもわかるはずの(情報を流す方の勘違い)文化」 の弊害かもしれませんね。 この能力、私的には 「文字数として少ない内情報を情報量が足らないとする、情報量が厚い取れるかの能力差」 と思っています。 コミュニケーション能力(?)の判別に成るかもしれない興味深い図が有りました。 最初に紹介したロボマインドのプロジェクトを推進している田方さんがコラムの中で使用されていた図 (添付図B:言語によるコミュニケーション)

<ハイコンテクスト>

**「(データ通信のOSI参照モデルの通信階層の話から続いて) 言語にも口頭でのコミュニケーションだけでなく、文章であったり、手話であったり、 様々な形態があります。また、言語には、英語や日本語といった種類があり、 それぞれ異なった文法が存在します。
言語コミュニケーションでは、口頭か、文章か、手話かといったことが最下層となり、 その上の層に、英語か日本語、文法といったものになります。 そして、全体をコントロールする最上位の層が、「心」となります。」(コラムより)**

上層の物は下層の物のコミュニケーションを統括して理解できるという関係の様です。 ハイコンテクストは「心と心で会話する」という事ですかね。 やっと「心」がでてきましたが、心の真髄に迫るのはまだ先。

「意識と言う錯覚」はまだまだ続きます。
 最近、心と心の会話してないなぁ〜〜

44 - 19 February 2018

■ 意識という錯覚 1

今現在、 熱が有り「意識朦朧(もうろう)(耄碌(もうろく)では無いです)状態」で書いています。

味覚の錯覚や匂いの話が面白いので、視野を展開してきたらいつの間にか 「意識の錯覚」の網に引っ掛かってしまった。 「意識・無意識」「AI」「デカルト」 や「現象学」まで読む羽目になった。  自分でも何が専門なのか分からなくなっている・・・・・

この領域は範囲が多岐にわたり、且つ深く、まだまだ私自身が正しく理解していない ので詳しく記載する事はできないが、トピックスで「へ〜〜ッ」の話だけを何回か お話ししましょう。

読んだ本で目茶苦茶面白かったのがトール・ノーレットランダーシュと言う方が 書いた「ユーザーイリュージョン:意識と言う幻想」。  彼は私の一年先輩の1955年生まれ。仕事は「科学ジャーナリスト」。  哲学者でも、AIの専門家でも、脳研究者でもない。  名前からしてズッポリ「錯覚」の話が理解できそうですよね。  この中から抜粋の面白い豆知識を何回か。

 そもそも人間に「意識」はいつ生まれたのか? 「意思って何?」  だって、脳は単なる神経細胞の電気信号回路(ニューラルネット)なのに!

その前に意識には「意識・無意識」場あるのはご存知ですよね?  この「意識・無意識」の話が「ユーザーイリュージョン:意識と言う幻想」 の中では「熱力学の法則(エネルギー保存の法則やエントロピー増大)」 から始まるのですが、その関連は後で。  また、この「意識」は医療の「昏睡とか傾眠、レベル300」とかの「意識」 では無いですよ。 好きだの嫌いだの、こうしたい、ああしたい、まつ、 俗世間で言うところの「私なりの意見・意思決定」位に取ってください。

 その「私なりの意見・意思決定」つまり「意識」、仏教で言うと「我」 に成るのでしょうか、が人間に生まれてきたのは3000年(紀元前1000年)ほど前。  世界史で言うと東ヨーロッパではアッシリア・フェニキア時代、ペルシャ帝国の前。  アジアでは殷・周時代。有名な楊貴妃時代ですね。  その頃から「意識の芽生え」が有った様で。
では、それ以前はどのように物事の「意思決定」を行っていたのでしょうか?  分かりますよね? 祈祷や魔術、つまり「神」のお告げ。  政治(まつりごと)や人間の行動は全て「神」のお告げのままでした。  この頃の人間は二分心といって右脳で神のお告げを「無意識」の状態で聞き (言語では無いので感じて?)行動したようです。  ちなみに現在で言う幻聴の様です。  統合失調症の方は二分心を持っているってこと?

 紀元前1000年から西暦500年ころまでが「意識」開花全盛期。  世界的な宗教はこのころに生まれていますね。 ちなみに孫子は紀元前530年頃。  お釈迦さまも紀元前500年前後。 古代ギリシャの哲学者 ソクラテス・プラトン 等は紀元前400年。 イスラム教の開祖?ムハマンドは西暦500年ころ。
 で、面白いのがその後西暦1200年頃までが「意識」の消滅期らしいです。  日本の飛鳥・奈良・平安時代、中国の隋・唐・宋。 ヨーロッパでは フランク王国・ビサンツ帝国そして神聖ローマ。 またこの頃に現在のヨーロッパ ・東南アジアの小国がうまれています。
この頃は「ロボット」つまりシステマチックな行動様相だったらしいです。
中世哲学の時代で「論理学・弁証術・形而上学」等が確立した時代だから 「理屈詰め」の頃ですね。 確かに「システマチック」に成りますね。
 日本の場合、邪馬台国(西暦2〜3世紀)の頃は祈祷師・卑弥呼の時代だから 二分心だった可能性があるので、世界の流れからはかなり遅れています。  でも、平安時代が仏教で言う「末法」の時期(お釈迦様の予言)である事は 奇遇だし、その後の鎌倉時代(西暦1200年頃)に「日本仏教」が盛隆したのも 世界的流れだったのかと思うと(そう思った方が面白い)、世界的な人間の「意識」 の潮流に追いついた気がして興味深いですね。 (あっ、私にとって宗教と思想・哲学は一緒くたなので)
 しばらくは「ユーザーイリュージョン:意識と言う幻想」関連から。
 段々「錯覚」の内容がでてきます。ニューラルネットの話とか目茶面白いですし。

43 - 15 January 2018

■ 継続




では、改革は無いのか? 有ります。
改革する事を「継続」していくわけですし…

昨年、プライベートでは「躰幹の改革?」で肉体改造(かなり大げさ)を行いました。  「富士山0からの挑戦」「遠泳」「ヒルクライム」などに挑戦し成果が得られた? とは思っています。 当然、今年もそれ以上に、継続していくつもりです。
クリニックの方でも良い物は継続し、当然「改革の努力」も継続しますよ。

 なんだ、全然「新年の抱負」でも何でもないじゃないの? と思いでしょう。
 新年の抱負とはあからさまに新しいもので有る必要はないと思います。  必要な事は「振り返り、そして前を向く。」 これだけだと思います。

実は、私は小学生のころから「継続は力なり」。 日々の努力が、必ず成果(果報) をもたらすと考え、「コツコツ」型でやってきていました(の、はずです)。  いつしかそれを忘れ、そうですね〜、学生時代の「バブル」の頃でしょうか、 「飛躍」を望むようになっていました。 これを改めて思い出させてくれたのは昨年。  「富士山0からの挑戦」でした。 田子の浦港から見た富士山ははる彼方。
「行きつけるのか?」
行きつけました。
 千里の道も一歩から。 到達するものです。 その後は、思い出したように 「継続するための試練」として挑戦し続けました。
今年も、継続です。 こつこつ前に進みましょう。

 ところで、「継続は力なり」。 座右の銘でもよく耳にしますね?
これは誰の言葉かご存知ですか?
実は、浄土宗の宗教家「住岡 夜晃(すみおか やこう)」さんの 「讃嘆の詩(さんだんのうた)」の一部にこうあり有りました。
以下、ご紹介しましょう。

  •  

    青年よ強くなれ

  •  

    牛のごとく、像のごとく、強くなれ

  •  

    真に強いとは、一道を生きぬくことである

  •  

    性格の弱さ悲しむなかれ

  •  

    性格の強さ必ずしも誇るに足らず

  •  

    「念願は人格を決定す 継続は力なり」

  •  

    真の強さは正しい念願を貫くにある

  •  

    怒って腕力をふるうがごときは弱者の至れるものである

  •  

    悪友の誘惑によって堕落するごときは弱者の標本である

  •  

    青年よ強くなれ 大きくなれ

私は永遠の青年。 これも「継続」ですな。

 

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