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杉山 義樹 院長の La cafeteria de FUJI

Yoshiki Sugiyama presents

La cafeteria de FUJI

~ 院長のひとりごと ~

杉山義樹院長が、毎月職員に向けて発信しているコラム「La cafeteria de Fuji」をホームページをご覧になる皆様にもお届けいたします。

75 - 10 November 2020

■ 善行、利他行を積む。 感性的な悩みをしない。

「オーディオブック」というのをご存知であろうか?
本を読むのでなく、朗読しているのを聴くのであるが、これが中々よい。 声優さんを使っているので「ラジオドラマ」を聞いているよう。 私は自宅での炊事や寝る前、時にはトイレと「ながら聴き」をしている。 聴覚だけを使うので視覚や運動機能は他に使えるので単純作業であれば十分に内容の理解はできる。 聴き放題の図書もありおすすめ。 最近は月に1冊以上は「聴破」している。

さて、稲盛氏の「自分の道を切り拓くための六つの精進」。 今回は一気に5・6つ目を。

5:善行、利他行を積む
6:感性的な悩みをしないです。

「自分の道を切り拓くための六つの精進」
1:誰にも負けない努力をする
2:謙虚にして驕らず
3:反省のある毎日を送る
4:生きていることを感謝する
5:善行、利他行を積む
6:感性的な悩みをしない

5:善行、利他行を積む
「善行、利他行」などと全く持っての仏門の話をされても分からないですよね。
稲盛氏の著書の中の例を取って説明しましょう。
「人助け」これは良い事ですが、果たしてそうでしょうか?
「情けは人のためならず」ということわざがあります。 本来は「他人に行った良いことは、めぐりめぐって必ずその当人にも戻ってくる。 それは人のためでなく自分のためになる」という意味ですが、「情けを掛けるな」と勘違いしている人もいるでしょう。 実はこの「情けを掛けるな」は「小善」と言われているもので、100%間違えているわけではないのです。
著書の中での小善の例はとして、社会によくある「借金の連帯保証人」。 友人から頼まれて保証人になり、その結果自分自身も借金を背負うことに・・。こんな話を聞いたことがあるでしょう。 これは小善。つまり「可哀そう」とか、「断れない」とかどちらかというと自分の事情(これは6:感性的な悩みをしない、でも言える事)で判断していて、「本当の相手の事」を考えていなかったからなのです。 もちろん「連帯保証人」になる事がダメ取っているのでは無いのです。 自分の尺で判断した。 その方の仕事に対する考え方やビジネスプランがおかしいのかもしれないので、本当であればそちらを支援すべきだった。 これは私が心がける「損か得は人間の尺度、嘘か誠か仏の尺度」にも通じます。もしかしたら「連帯保証人になっておいて、恩を売っておこう」と思った事で起きた因果なのかもしれません。
もっとよくあるのが「親の愛情」と称して子供を甘やかして「いいわ、いいわ」で育てていく。 一見、善行である様ですが、その子供は大人になって社会性が見に付かず人生も上手くい行かなくなるという事はよくありますね。 子供に嫌われたくない、好かれたい、うるさいくて面倒だから言う事を聞く、というのは「利他」でなく自分のためだけなのです。 厳しさは必要なのです。厳しい面を持つ善行を「大膳」といいます。 「大善は非情に似たり」と言われます。 人間「自分は嫌われたくない」ので小善に走りやすいです。気を付けないと、ですね。 ちなみに私は孫たちを徹底して甘やかします。 甘やかして、甘やかしてます。 「NO」といいません。 例えば「お菓子が欲しい」に関して「いいよ。どうして?」と聞きます。 「ママが甘いものダメだって」「そうか、ママがダメだって言うのね。 なぜダメなのかね?」と理由を確認し、本人がその理由を説明できたところで「そうか~。 それでダメなのか、でも今日はケーキ食べちゃおう?」といってケーキを買います。 とすると、「爺ちゃんに半分あげる」と量が半分になったりします。

6:感性的な悩みをしない
先の5にも出たてきましたが、人は「感性的」な判断をすることが多く、往々にして判断を誤る事があります。 議論していても堂々巡り。 感性・感情の判断は他人に対して説得力はないのですが、意外と、いや大半の人は自分の判断が感性や感情によるものであると気づきません。 これは「脳内の情報処理」の回路が「外部で起きている状況変化(事実)」と「脳内部で起きている情報処理に基づく状況変化(感情・意識な)」の区別が付きにくい性質を持っているからなので致し方ないのです。 俗にいう勘違いや錯覚ですね。
また、自分の犯した罪や失敗にたいし、いつまでも悔やみ思い悩んでいる人は多いです。失敗に対し「3:反省のある毎日を送る」でもあったように反省は必要です。 しかし。反省が目標ではありません。 そこから一歩進むことが目標なのです。 それを「押しとどめている」のは感性・感情的判断に他なりません。
人生の生き方に「自分の考えを捨てる」というものがあります。 自分の判断や思考を思い切って捨ててみる。 頭の中の物捨離ですね。 感性的悩みをしない、も同じこと。 感性的悩みも先の感情的思考も「固執」という状況で、決して新しい脳神経の情報処理の経路を作る事にはなりません。 情報の閉鎖回路です。 こんなもの物捨離が必要ですね。

経済界の大物、稲盛氏の著書から「自分の道を切り開くための6つの精進」を読み砕いてきました。 これは人生を豊かに過ごすために一つの方法論にしかすぎません。 自分磨き。 永遠のテーマですね。 興味のある方は是非「活きる力 稲盛和夫著」をお読みください。オーディオブックで聞いてもらってもいいでしょう。

74 - 29 September 2020

■ 生きていることを感謝する

私事ですが先日4人目の孫が生まれました。 女の子。 しかも私の父方の伯母の100歳誕生日。 二重の喜び。 ちなみに孫は全員女の子です。
まだ直接会えていませんが、ビジュアルコミュニケーション・フェイスタイムでご挨拶。 離れていても顔が見えるなんてすごいですよね。 昔では考えられない技術。 技術の発達に感謝。
これから先、結婚式で4回泣くことになるのかと今から楽しみでもあります。 末の孫の結婚式、曾孫も絶対抱くぞと誓いました。
それこそ私も、新しい家族の一員となったニュー孫も、伯母も生きてることに感謝ですね。


稲盛氏の「自分の道を切り拓くための六つの精進」の4つ目
「生きていることを感謝する」です。

「自分の道を切り拓くための六つの精進」
1:誰にも負けない努力をする
2:謙虚にして驕らず
3:反省のある毎日を送る
4:生きていることを感謝する
5:善行、利他行を積む
6:感性的な悩みをしない

生きていることに感謝するといわれても、中々ピンとこないでしょう。
「今生きているのは父母や先祖がいたから。 両親に感謝」、「ご飯が食べられるのも万物の恵みがあるから。自然に感謝」とか言われても中々ピンときませんよね。 いわれてみると「ハイそうですね」となりますが、身をもって感じるには程遠い。 ましてや「俺の稼ぎで飯が食える、ありがたく思え」といわれると「??」となってしまい、「何様?」と反論してしまうでしょう。
稲盛氏自身も「感謝の心を持てと言われても、なかなか持てるものではありません。 実は私も若いころはそういうことに対して反感を持ち、反抗していました」といっています。
そこで心掛けたのが、嘘でもいいから「ありがたいことだ」「ありがとうございます」と口に出すことだったそうです。 嘘でもいいから口に出していくとやがて習慣になる。 そうすると「それを聞いた自分自身もそういう気持ち(感謝の念)になっていきますし、同時に周囲の人々も良い気持ちになって」いく。 嘘から始めても真実になっていくということですね。 嘘でもいいからというと、なんだかずるい気もしますが、意外と簡単にできるかもしれませんね。 感謝するというのは意外と照れ臭いですし。 嘘から出た誠。やってみる価値はありますね。

ここで気を付けたいのが、感謝することは自然の道理であったとしても、感謝されるのは自然の道理ではないという点。
「あいつは恩を仇で返しやがった」「これだけやってあげたのに何の見返りもないし、ありがとうすら言ってこない」そんな風に思った事はありませんか? 大体の方は多かれ少なかれあると思います。 これがあまりよろしくない事は想像がつきますが、なぜそんな風に思ってしまうのか? 「普通、お礼するだろう」「普通は感謝して当たり前だろう」そう考えますね。 ということは自分がとった行動は「見返り」をあてにしていたということなのです。 見返りをあてにした行動はあまり感謝されません。 また、見返りをあてにしていなくても「恩を仇で返しやがった」と思った瞬間にそれまでの善意が「無為」の行動でなくなってしまうのです。 「自分自身の為にやらせてもらった」「私自身を生かさせて貰った」そう思わないとならないのです。 これはかなり難しいですよね。 これも先ほどと同じ、嘘でもいいから「させていただいた」と感謝を言葉にする習慣でしょうか。
稲盛氏は「これらの言葉は自分自身の気持ちをより素晴らしい境地へと導いてくれると同時に、それを聞いた方々も含めて、周囲の人々も優しい気持ちにする万能薬です」と締めくくっています。
曹洞宗の修証義という本の中に「面(むか)いて愛語を聞くは面(おもて)を喜ばしめ、心を楽しくす。面わずして愛語を聞くは、肝に銘じ魂に銘ず。愛語能く廻天の力ある事を学すべきなり」とあります。 愛語とは感謝したり褒めたりすること。 愛語を直接伝えるとみな幸せになるし、陰で褒められたことを伝え聞くと、言われた本人は一生忘れない喜びとなるという意味です。稲盛氏と同じメッセージですね。 いや~~。これは益々持ってむずかしい。 嘘でもいいから稲盛氏の様に口にするところから始める。
凡人としての手始めですね。

73 - 27 August 2020

■ 反省のある毎日を送る

コロナで行動制限、三密回避、そこに記録的な猛暑・ゲリラ雷雨で熱中症や家を失ってしまったり・・・・。 地球にとっては必然的な気象・環境変化であっても人間にとって害があると「敵」みたいに捉えてしまいますね。 でも、それって違う気がします。
私は「地球という生命体」が人間社会への怒りを表わしているとしか思えないです。 私達は地球の中の一生命体に過ぎません。 それなのに、環境変化やウィルスや山間の鹿やクマ、それこそ昆虫までも、人間に不利益だ思うと排除しようとする。 自分勝手ですよね。 彼らの意見を聞いていない。 これって、本当は我々人間が地球生命体同士の「境界」「不文律」を破ったからじゃないのかなと思います。 実際、国立環境研究所の五箇さんは、今回のコロナのみならず気候変動は「生物多様性の生態系ピラミッド」を人類が破壊した点にあるとまでのべています。 やはりここは人類として反省しないといけませんね。

ということで、稲盛氏の「自分の道を切り拓くための六つの精進」の3つ目。「反省」

「自分の道を切り拓くための六つの精進」
1:誰にも負けない努力をする
2:謙虚にして驕らず
『3:反省のある毎日を送る』
4:生きていることを感謝する
5:善行、利他行を積む
6:感性的な悩みをしない。

著書の中で稲盛さんは「今日は人に不愉快な思いをさせなかっただろか。不親切ではなかっただろうか。 傲慢ではなかっただろうか。 卑怯なふるまいは無かっただろか。 利己的な、私だけが良ければいいというような言動は無かっただろうか、と一日を振り返り、人間として正しいことを行ったか」を確認する作業が必要であるといっています。 毎日、これができたらすごいと思います。 考えすぎて鬱になりやしないかと思ってしまいます。 反省は必要ですし、その反省から何かを得て正していかなければなりません。 自己反省だけでしたら本当に鬱になってしまいますからね。

そもそも、何故反省が必要なのか? 反省は自己嫌悪となり自分を打ちのめすのが目的ではありません。
少し宗教染みた内容になるのをお許しください。 「因果律」というものがあります。 善い行いには良いか果報が付き、悪い行いには悪い果報が付くという意味ですね。 その悪い果報が付かないように振り返ってみてみましょうということが反省です。 「でも、やってしまったことはすでに過去。 今更反省してもしょうがない」。そう思ってしまうことってありますよね。 確かに。 時間は戻りません。 「覆水盆に返らず」です。 でも本当にそうでしょうか? 実はこれはある意味「執着」です。 執着とは「自分の思い込み、考え方に固執する」状態。 「過去には戻れない、反省しても仕方ない」という執着。 つまり「戻せない」という考えに「執着」するあまり反省するという「開放」ができないのです。 開放することで何がいいのか? 先が見えるのです。「開眼」するわけですね。
つまり、失敗に気付けばいいのです。そこから反省が始まります。
反省すること自体が「智恵」であり悪因を消滅させるといわれています。 「修証義」という曹洞宗の本には「懺悔滅罪」いう章があります。 「懺悔」、つまり反省ですね、をすれば「滅罪」、罪は無くなりますよ。 こんなうまい話があるのか? そう思うでしょう。

やはりその辺、お釈迦様は厳しい。
「懺悔するが如きは重きを転じて軽受せしむ、また滅罪清浄ならしむるなり。 然あれば誠心をもっぱらにして前仏に懺悔すべし」。 つまり「誠心」でもって反省しないとダメだといっています。 心の底から反省しろということです。 その代わり「反省」さえすれば「功徳力我をすくいて清浄ならしむ」、すべて救ってくれる。ありがたいことです。

稲盛さんの「反省」も同じ境地です。
「自分の邪な心、悪い心を一般には『自我』と言います。 この自我を抑えて、自分が持っている良い心を心の中に芽生えさせていく作業が反省する事」、と言い切っています。

また、反省は「今日は人に不愉快な思いをさせなかっただろか。不親切ではなかっただろうか。 傲慢ではなかっただろうか。」 と言った直接的対人関係の反省に留まりません。「あの部署が足を引っ張り、予定道理に計画が進まない」 「私達の意見を聞こうとしない上司の性でプロジェクトが上手くいかない」 「何度注意してもあの人は理解してくれない」
こんな時も自己反省は必要なのです。 「ええっ! なんで?? 私悪くない!」
スティーブン・R・コヴィー(世界的経営コンサルタント)氏の考え方に「セルフリーダーシップ」というのがあります。 「リーダーとは自分自身が自分のリーダーになる事から始まる」といった内容ですが、その中に、「アウトサイド イン」 「インサイド アウト」という考え方があります。 簡単にいうと、これは先の物事がうまく進まない様な時に他人のせいにするのは「アウトサイド イン」である。 「インサイド アウト」という「セルフリーダーシップ」に気付き「改革は自らの中から始まる」、自分を変えないと「アウトサイド」は変わらない。 そんな考え方です。 自己マインドコントロールのようなものですね。 つまり見る視点を変える、一般にパラダイムシフトとも言われます。 「アウトサイド イン」である自分を反省して「インサイド アウト」に切り替えなさいというものですね。 私は稲盛さんの「反省のある毎日を送る」と表現は違いますが、同じことととらえています。
また、両者や釈迦さんが本当に言いたいのは反省することでなく、反省した後の行動です。 日本語の本来の意味であれば「内省」に近いのでしょうが、最後はやはり行動に移さないと意味がありません。 三者とも「行動に移せ」と言っています。 まずは懺悔滅罪。そして「インサイド アウト」 これを繰り返しましょう。

72 - 27 July 2020

■ 謙虚にして驕らず

コロナの猛威が収まりませんね。 幸い当院では発症がありません。 患者さんやスタッフの皆さんの予防意識に深く感謝です。
「ポストコロナ」というよりも「ウィズコロナ」という意識で経済復興を目指さないといけないようです。 飲食業界・旅行 業界・イベントやコンサートなどあらゆる業種で前年同月と比較すると90%から80%の収益ダウンとなってる企業が続出して います。 医療業界でも赤字の病院が6~7割になったと報道されています。 これを、もう少し詳しく見てみましょう。

【全体】(1203病院アンケート調査)
2019年4月の赤字割合:45.4% → 2020年4月の赤字割合:66.7%(赤字病院が21.3ポイント増加)

【新型コロナウイルス感染患者を受け入れている病院】(339病院)
2019年4月の赤字割合:54.6% → 2020年4月の赤字割合:78.2%(赤字病院が23.6ポイント増加)

【新型コロナウイルス感染患者を受け入れていない病院】(864病院)
2019年4月の赤字割合:41.8% → 2020年4月の赤字割合:62.3%(赤字病院が20.5ポイント増加)

【病棟を一時閉鎖せざるを得ない病院】(180病院)
2019年4月の赤字割合:50.6% → 2020年4月の赤字割合:79.4%(赤字病院が28.8ポイント増加)


確かに2020年4月の赤字病院の数はすごいことになっています。 デモ、ちょっと気になるのが2019年4月。 コロナ以前の 平常状態でも大半が赤字経営であった!! これって、いいのかな?と疑問になってしまいますね。

それでは本題。 稲盛さんの教えをもう一つ学びましょう。

「自分の道を切り拓くための六つの精進」
1:誰にも負けない努力をする
2:謙虚にして驕らず
3:反省のある毎日を送る
4:生きていることを感謝する
5:善行、利他行を積む
6:感性的な悩みをしない。

の2つ目。謙虚にして驕らず。
「謙虚である」「驕り高ぶりを捨てる」簡単なようですが「加減」が難しいのではないでしょうか? 謙虚であろうとして、 譲りすぎたり、驕りを捨てたつもりだったら出しぬかれたり。 多分そんな時は何らかの邪念が入っていて、「謙虚で得しよう」 とかの「欲」が絡んでいた可能性はあるでしょう。
では、どんなふうにすればいいの? お釈迦さんに聞くと「放下箸」と一喝されてお仕舞いな様な気がしますが、凡人には無理。  ビジネス界の人材育成資料から「謙虚な人の特徴」を見てみましょう。 これを読むと非常に心が痛いですよ。

① 感謝の気持ちを忘れない
ささいなことでも毎回きちんと感謝を伝えるというのは、簡単そうでできないものです。謙虚な人は「自分のために相手がして くれた」という意識が強く、必ず感謝の意を表します。

② 人の話をしっかり聞く
人の話を否定したり遮ったりせずに注意深く聞き、相談であれば相手から聞いた考えに沿ってアドバイスする。 人の話す ことを真剣に聞く姿勢を持っています。

③ 人のせいにしない
人間誰しも羞恥心や自分かわいさがあり、自己保身をしようと考えます。 素直に自分が悪かったところを認め、責任を負う ことができるのは難しいものです。

④  自分のことは後回し 「自未得度先度他」
自分も大事だろうけど、それと同じように他人も大事。 例えばお腹がすいていても先に子供たちにご飯を上げる母親の様な 気持ちでしょう。 謙虚な人は、周りをよく見て自然に気配りをするので、損な役回りになることも多いですが、それはやがて 巡り巡って必ず自分に返ってきます。 逆も真なりです。

⑤  きちんと頭を下げる
謝罪する時、お願いする時だけでなく、時には人の失態の責任を取って自分が頭を下げる状況も仕事の上で起こりえます。  また年下や部下など、立場が下の人に頭を下げるというのは難しいですがそれができる。

⑥  人と比べない
自分と周囲の人を比較し嫉妬したり、優越感に浸ったり、といった無駄な比較はしない。 人と比べるのではなく過去の自分と 現在の自分を比べて成長させる。

⑦  才能をひけらかさない
自分の今の地位や高い能力などをひけらかすことなく、どんなに優れた才能があっても驕らない。 ⑥と似ていますね。  無用な比較をしないで「実」を見る。 「ひけらかす」というの「比較」しているから。

⑧  我慢強い
謙虚な人は基本的に我慢強いです。 しかしながら、本人には「我慢している」という意識はあまりない。 物事の本質を 見ているからでしょう。

⑨ 縁の下の力持ち
仕事では、やはり表立って功績を残す人が評価されやすく、おいしいところを持っていきたいと思うのが人間の性。 自分の 都合ではなく全体の利益を考えて動くので、縁の下の力持ち的な役回りを買って出る。

⑩ プライドや自信はある
きちんと自分に誇りを持っていて、卑屈になることなくきちんと芯がある。
自分に自信を持ったうえでさらに自分を高める意欲を持ち続け、周囲の人を尊重する。


さて、あなたはいくつ当てはまりましたか?
書いている私自身も恥ずかしいです。
謙虚にならなきゃ・・

71 - 29 June 2020

■ 人生に惚れまくる

今月、誕生日を迎え64歳になりました。 「定年年齢65歳」まであと一年。 締めくくりになる年ですな。 当院の院長になってから還暦(数え年61歳)を迎え、で、来年65歳。あっという間。
ところで、65歳って何かありましたか? 数え年66歳を祝う「緑寿」がありました。 もともとは「緑々寿(ろくろくじゅ:駄洒落だね)」だったのを省略して緑寿となったらしい。 ほかの長寿祝いとは違って、2002年に日本百貨店協会が提唱したとこから始まったようです。 バレンタインデーとかと同じか! 定年が65歳、つまり数え年66歳へと延長されたタイミングで「人生の節目」を祝うイベントとして登場したようです。 めちゃくちゃ最近ですね。 ついでだから長寿の祝いの復習をします。

還暦(かんれき)…61歳(満60歳)
生まれた年の干支に還ることから、「還暦」。 「赤いちゃんちゃんこ=赤ちゃんに戻る」

古希(こき)…70歳
唐時代の詩人、杜甫の詩の一節:「人生七十古来稀なり」に由来。長寿祝いの色は紫。

喜寿(きじゅ)…77歳
「喜」の草書体は「?」。七十七と読めることに由来。長寿祝いの色は紫。

傘寿(さんじゅ)…80歳
「傘」の略字が八と十を重ねた形、八十と読めることに由来。長寿祝いの色:黄(金茶)

米寿(べいじゅ)…88歳
「米」の字をくずすと八十八と読めることに由来。長寿祝いの色:黄(金茶)

卒寿(そつじゅ)…90歳
「卒」の略字である「卆」が九十と読めることに由来。長寿祝いの色:白

白寿(はくじゅ)…99歳
百から一を引くと「白」。長寿祝いの色:白

紀寿(きじゅ)または百寿(ひゃくじゅ)…100歳
100年が一世紀=紀寿、100歳=百寿。長寿祝いの色:白

その先は、108歳の茶寿・111歳の皇寿・120歳の大還暦。
で、250歳で天寿。

250歳が天寿? 良く「天寿を全うする」と言うが250歳まで生きないとならないのか!
「天寿=天から授かった寿命を全て使う、病気や外傷によらず自然死する」が本来の意味の様です。 250歳にこだわらなくてもいいようですね。  「天から授かった寿命を全て使う」 結構重い意味がありそうです。 身も心も全て使い果たす。 当然、何もなくなりますね。 実はこれすごく力強い意味の様に感じます。 私なんかまだまだ未熟。 身も心も擦り減らしている人生じゃない。
そんな生き方ができるか?

稲盛和夫氏を知っていますか? 京セラの名誉会長にしてKDDI設立・JAL再建で世界的にも有名な方です。氏の哲学「稲盛フィロソフィー」は今も京セラに引き継がれている経済界の大物、大先輩です。 私はこの方は本当に天寿を全うできる方の一人と思っています。

今月から来年の6月までの一年間、このサロンでこうした方を探りながら「天寿全う」とための準備をしていきたいと思います。 「偉そうなこと」「院長できてないじゃん」と突っ込まないでくださいな。 そうです、私自身のためでもあるのです。

「その形卑しというも、この心を発せば、すでに一切衆生の導師なり、たとい七歳の女流なりともすなわち四衆の導師なり、衆生の慈父なり」(修証義・曹洞宗)とありますように、真理は正しいのです(稲盛氏は60歳の時に臨済宗妙心寺派の円福寺で得度)。

まずは、稲盛さんの著書「活きる力」の中にある「自分の道を切り開くための六つの精進」(随所で話されています)を少しづつ紹介して行きましょう。


1:誰にも負けない努力をする
2:謙虚にして驕らず
3:反省のある毎日を送る
4:生きていることを感謝する
5:善行、利他行を積む
6:感性的な悩みをしない。

以下、特に注釈の無い『』はこの書籍からの引用です。

1:誰にも負けない努力をする

稲盛氏は現在の鹿児島大学を卒業していますが、新制大学で「就職難」。京都にある給料も払えないような碍子メーカー松風工業に就職しました。その会社で当時の日本では開発されていなかったセラミックの研究に没頭します。
『「もうこうなったら、不平不満を言っても仕方ない。ここは気持ちを入れ替えて、徹底的に研究に没頭しよう」。そう決意した稲盛は、研究室にふとんや鍋を持ち込み、朝から深夜まで研究に没頭。すると意外なことに、素晴らしい研究成果が出るようになった。
やがて、仕事が認められた稲盛は主任に昇格。しかし、主任に昇格して3ヶ月目、突然破局がやってきた。開発責任者として悪戦苦闘していた稲盛に、新任の技術部長が、「君の能力では無理だな。ほかの者にやらせるから手を引け」と引導を手渡したのだ。外部から来た新任の技術部長のその言葉に、稲盛の頭の血が逆流した。「あなたこそニューセラミックスが分かるのか。無理というのであれば会社を辞めます」と辞表を叩きつける。』(「日本の社長」から引用)
ここから本当の「誰にも負けない努力」が益々発揮されます。
そんな努力はどうすればできるのか?
『まず好きになることが大事だと私は思います。 仕事を好きになるということは、仕事に惚れるということだと自分に言い聞かせました』
「好きこそものの上手なれ」「惚れて通えば千里も一里」ですね。

会社を辞めた稲盛氏は、前会社の上司でもあった青山氏と伴に青山氏の友人である「京都の配電メーカー、宮木電機製作所の西枝専務」を口説いて投資してもらい会社を設立。
『こうして、1959年、わずか28名のメンバーで京セラは連結売上高は一兆円超、従業員数約6万人を擁するまでのグローバル企業になった。50年前、小さな町工場だった京セラを一躍、世界の京セラへと育て上げた稲盛和夫。その後、NTT独占だった日本の通信業界に風穴をあけるべく創業したDDI(KDDI)も現在は売上3.5兆円規模の企業となっている。その情熱は、戦後の日本経済が生み出した奇跡である。』(「日本の社長」から引用)
その努力を継続していくためにはどうすればいいのか?
惚れ込んだ先に『求めたものだけが手に入るという人生の法則』『寝ても覚めても強烈に思い続ける事が大切』『現実になる姿がカラーで見えているか』(著書:生き方より)という「強い信念・思考・イマジネーション」が大切だと思います。 これが「誰にも負けない努力をする」ための原動力になるのではないだろうか? 私の敬愛する大前研一氏もビジネスで成功する「戦略自由度」「構想力」なども大事だが『感情移入』(著書「ゼロからイチの発想術」)も必須でとことん惚れ込めとおっしゃっています。

私達も今からでもいい、若い人は今からこそ、とことん惚れ込んだ人生に『誰にも負けない努力』をしてみようではありませんか!

70 - 27 May 2020

■ ポストコロナ

ひとまずコロナのパンデミック?も国内では収束傾向にありますね。 問題は「自粛」で起きた経済への打撃からどうやって回復するか、日常生活をどう立て直していくかでしょう。 結論から行くと「立て直すことは不可能」で方向性が変わる「ニューノーマル」に向かっていくという事です。

「ニューノーマル」の話に行く前に経済の話。
宿泊業・旅客業・飲食店が大きな打撃を受けたのは皆さんも知っているでしょう。 例えば日本航空は2020年3月期の連結決算(2019年4月から2020年3月)は、純利益が前年に比較し65%減の534億円。コロナの自粛期間の20年1~3月期だけでみると連結最終損益は229億円の赤字に転落。 ホテル業界では高級カプセルホテルで全国展開の「ファーストキャビン」が負債総額37億円、福島県の創業100年以上の老舗旅館が中国人観光客激減で負債総額4億2千万円で倒産。 今年1~4月の倒産件数は2849件(倒産の定義が変わったので、過去の定義だと2倍はあるのでは)で年間1万件を超える見込みとのこと。 医療機関でも日経メディカル Onlineの医師会員調査では50%以上の診療科で患者さんが減り、「新型コロナウイルス感染患者入院受入病院」は平均10%以上の赤字決済となっているようです。「患者受け入れ?一般患者減+リネンなどの変動費増加」のサイクルが回るからのようです。 政府の国民生活や企業に対しての対応の悪さ(中小企業保持金・10万円支給方法がない、いまさらマスク配布?? 自粛解禁時期の不透明性など枚挙にいとまがない)に関しては今更なのでやめておきましょう。

ニューノーマルとは何か? まず身近では「三密」は今や普通になっていませんか? 恐らくしばらくは「社会的距離:ソーシャルディスタンス」は継続するでしょうし、それがスタンダードになるでしょう。 レストランや居酒屋。 テーブル間の距離があった方が贅沢感もあるし、隣同士の会話も気にならない。 映画館や電車、新幹線も肘がぶつかり合わない。 快適ですよね。 という事は単位面積当たりの稼働率が下がり企業の利益率は下がるでしょう。
宅配。テイクアウト。 こちらの業界はコロナ期間中伸びました。 持ち返って自宅で食べる。 普通になっていませんか? 飲食店の営業形態は様変わりするでしょう。
この時期に成長したのは何といっても「テレワーク(在宅勤務)」関連業界です。 ZOOMやSkype、Lineに代表される「ビジュアルコミュニケーションツール」です。 一般企業でテレワーク導入が一気に進みました。 どうしてもテレワークができない業種(医療・運送業等)もありますが、「イノベーション」は起きてくるでしょう。 遠隔医療然り(国内はこの時期の過渡的処置、アメリカは既に保険適応されました)、運送も新しい輸送方法が生まれてきます。 中国・アメリカではドローン宅配は本格スタートしそうですよ。 私も毎週のようにSkypeでのガテマラの先生とのスペイン語会話(数年前から)のほか、最近は孫と夕食時にフェイスタイムで会話していますが、ビジュアルコミュニケーションツールは「普通」に楽しく全く違和感がりません。 ただ、このテレワーク、行政関連は「印鑑・紙」を重視する因習があり嬉々として進んでいませんが・・
学校教育でもオンライン化は遅れていますね。その原因についてNHKの調査では「学校の通信環境の不備・先生のノウハウ不足」。 え?? って感じですね。 「先生のノウハウ」??  実は日本の学校教育は「集団指導」で教壇の前に立って「一同に教える」という方法。 「オンライン」の少人数・個別指導には不向きなのです。 これに関しては「学習塾の方が先輩格」。 小中高の学校教育を現在の「塾」に一括委託した方が導入は早いでしょうね。

さて、ポストコロナ。 皆さんはどう考えますか? 元に戻る事はないです。 ニューノーマルに適応していくのが最良でしょう。 さて、そのニューノーマルはどこにあるのか? 自分で探してみてください。

69 - 30 April 2020

■ ポストコロナ時代に向けて

連日のようにコロナウィルスの話題でテレビ・新聞・ネット情報が犇めき合っていますね。
「ウィルス人類進化説」を推奨する私としては特に驚くことではないのですが。

さて、マスコミの「自粛・自粛」の掛け声がいつの間に「禁止」になっていく風潮に関しては甚だ疑問を感じるのであるが、「これまでにないこと」という報道に関しては「チャンス」と思っています。

現在の日本を支えている大多数の人間は「戦後」生まれ、しかも戦後の復興の時期を正確には知りません。 また、バブル崩壊にしても「手痛い目」に合ったのは私の年齢より上の方々のみでしょう。 日本はその後平和です。 東日本大震災を始め様々な震災もよくよく考えると国内の一部。もっと大きく言えば「地球のほんの一部のローカルな出来事」にしかすぎませんでした。 また、最近のリーマンショックも「経済の破綻」といっても「経済の動き・人の動き」が止まったわけではありませんでした。「現金」「お金」の動きが変わっただけに過ぎず、再生するための「人の動き」「会社の動き」は残っていました。

今回はどうでしょうか? 経済の破綻ではなく「動けない」のです。 他の例えでいえばこれまでの国難・災難はそれこそ「街は燃えたが、働き手は居る、動けばいい」状態でしたが、今回は「街は燃えていない、働き手は居る、動けない」なのです。 これはコロナの性と思うでしょう。 いや違います、正確にいうと「コロナの性ではなく、人間社会の対応・動き」の性である事は言うまでもありません。 ここでこの事(政策など)を議論しても始まりませんので、先を見ましょう。

先ほども言ったように、何でもかんでも「自粛」に関しては全くの反対論者ですが、2020年という今を生きている人だけが「自分を変える、社会を変える」またとないチャンスを貰ったという事は間違いないと思います。

まず、本当に動けないのでしょうか? 日本社会では未完成ですが「ビジュアルコミュニケーション社会」つまり、テレワーク、Eラーニング、テレビ会議など「バーチャル上」では動けます。 事実、その関連企業は今この時点でも成長しています。 学校のEラーニング化が遅れているから学べない子もいると嘆くのでなく、どうすれば彼らにその機会を与えられるのか? この際だから世界に通用する学校教育を作ってしまえ。 そう思えばいいのです。

どこにも出られない。 だったら「でなくていい」のです。 これまで数分しか話せなかった家族と語らい、自分達を見つめ合えばいい。 どうせテレビを見ていても「コロナ」しかやっていないのだから、今まで見れていなかったものを思いっきり見ればいい。 そうしていれば新しい気付きがあり、「自分が変わる」、「変われる」可能性があるのです。

今感じている不自由は「改革・改善」の火種です。 不自由を自由に変える必要があります。 「どうしていいかわからない?」 それは「過去にあった自由・便利」にしがみ付いているからです。 それを捨てるしかないのです。 恐らく、コロナ騒動が収まれば社会は一変しているでしょう。 大改革、革命に近いことがおきていると思います。 それに乗り遅れ「コロナ前時代」に留まらないようにしたいものです。 オリンピックが延期(おそらく2021年もないでしょう)され、世界中の国で祭典が中止にいなり、これほどまでに「人の動きが止まった」時は無いでしょう。 いや、過去の事例を組み合わせればあるはずです。過去の事例とこれまでの流れ、そして「過去に縛られない」。 この発想をすれば「ポストコロナ時代」で勝利を掴めるはずです。

そういった意味ではまさしく「ウィルス人類進化説」にマッチングしているようですね。
コロナウィルスのゲノムの一部が人間のDNAに入り込んだらまさしくそのですが、その可能性もないわけではないでしょう。 人類にとって仲間にしたのが生命維持にいいのであれば、取り込んでしまうのが最善策であるのすから。

68 - 31 march 2020

■ 影響のピラミッド:リーダーシップ

いよいよ新年度を迎えます。 日本の場合、新年と新年度で二回心を引き締めるタイミングが合っていいですね。 今年はコロナウィルス問題で世の中が大変なことになっていますが、当院、富士市は落ち着いていて、他人事のように感じてしまいますが、気を引き締めていきましょう。

4月から体制が変わります。 これまでにはなかった新制東名富士クリニックになるわけですね。
そこで今回は気持ち新たになるための自己鍛錬・自己併発の話。
スティーブン・R・コヴィーの著書「原則中心・リーダーシップ」の中から「第十章:影響の及ぶ範囲を広げる30の方法」を抜粋して紹介します。 私達は私生活・仕事の両方において様々な人たちと関係(影響)しあっています。 「社会生活のすべてが関係確立」であるといっても過言ではないでしょうし、すべての悩みの根源でしょう。 コヴィー氏は経済界の人で特に企業のリーダーシップ研究の第一人者です。 企業は決して金儲けの集団ではありません。 社会の一部ですから「人間」を非常に大事にしています。 そんな経済界からのメッセージに私の得意??な宗教論も織り交ぜて紹介します。 で、自分で資料を作成していたら時間切れ。 資料を中心に話をします。
人に影響を与えるために3段階を考えます。
まず、

① 自分自身を変える:自分自身に影響を与える事です。 実際には模範を示す。コヴィー氏が言うところの「インサイド・アウト」 自分を変えないと他人は変わらない。 他人が変わらないのは自分が変わらないから。

② 人間関係を築く:信頼という口座に貯金をする。 他人を理解しているか? 仏教でいうところの自他一如に通じると思いました。 自分も他人も同じ、そんな目で見えているか?

③ 説明・指導をする:この時の心構えは「布施・愛語・同時・利行」

以下、試料を見てもらえばおよそ理解できると思います。

影響のピラミッド

当然このピラミッドは常に上下、行ったり来たりするわけです。 「わたしはリーダーじゃないから」
そんなことはないのです。 リーダーとは役職ではありません、役割です。人に影響を及ぼす人はみんなリーダーなのです。 先にも言いましたように「社会生活のすべてが関係確立」にありますので、当然あなたもリーダーなのです。

以下の表はピラミッドの色に一致させています。 表の左は書籍から、右に私の解釈を書いてあります。およそ理解できるでしょうが、意味の分からない場合自分で調べてください。 もちろん教えますから聞きに来てもらってもいいです。

①	自分自身を変える

②	人間関係を築く

③	説明・指導をする

67 - 27 February 2020

■ 戸田港:タカアシガニ

2週間ほど前に戸田港に行き「タカアシガニ」を食べてきた。 年明けから体調がすぐれず「病み上がり」の体に鞭打っての一泊二日の自転車遠征であった。 修善寺から戸田峠を抜けて行こうかと思ったが、体力に自信が無いため海沿いの大瀬崎経由で臨んだ。それでもアップダウンがあり、運動不足をひしひしと感じた。

タカアシガニ

戸田港では丸吉食堂にお世話になった。 タカアシガニは、添付写真のようにデカい。 私と友人が食べた蟹は50センチを優に超えていたと思う(大きさを確認する暇もなく食べ始めたので)。 デカいのでは4メートルを超えるギネス記録もあるようである。
味は大味であるが、逆に飽きない。 そのまま、酢醤油、カニ味噌と味を変えて食べる。私は毛ガニが大好きであるが「コク」がありすぎて最近は1杯は食べられないが、これならいける。 ビールから始まり冷酒につなぎ、二人で「タカアシガニ定食(4800円)」を満喫。 店主が言うには「前もって電話くれたからカニの大きさはサービス」とのことであった。 確かに隣の客が食べている1万5000円のカニには負けたが十分に大きいと感じた。
次いでだが、戸田港に行かれるならTAGORE Hostelというおしゃれでリーズナブルなドミトリーができたのでお勧めです。 「スキンヘッドの自転車親爺の紹介」と言うと何か出る? ビールぐらい飲ませてくれるかもしれない(確約はない)。

さて、カニには沢山の種類があり日本だけでも1000種類以上棲息しているらしい。また、タラバガニがカニでなく「ヤドカリ」の一種であることは周知のことであろう。
まっ、今回の話はあくまでもタカアシガニ。

実は今年の一月までその存在を知らなかった。 それもそのはず、タカアシガニは日本海・瀬戸内海を除く岩手県釜石沖から九州南岸の大平洋沿岸に広く棲息しているも、漁業対象としているのは静岡県だけ。 しかも沼津市戸田に限られるらしい。 水深250メートルから650メートルに棲息するので漁場としては駿河湾では最適であろう。これはまさに地元の特権である。
ちなみに同じカニが静岡県内でも「御前崎:メンガニ」「沼津市:シビトガニ」と呼ばれ、愛知県では「ヘイケガニ」というらしい。 何やら「平家の落人の魂」が宿る名前のような気がするのは私の思い込みかもしれない。 生で見ると確かに「怨念」がありそうでもある。甲羅に絵をかいて魔除けにするらしく、やはりそんな雰囲気を持つカニなのである。
タカアシガニは生きた化石ともいわれている。 1200万年程前にタカアシガニの祖先ともいうべき種が生まれ、現在のタカアシガニ自身は恐竜が絶滅したあとの古第三紀に出現したらしい。 すごいな。 この前食べたタカアシガニのDNAには人類が生まれる前、約6500万年前の情報が入っていたという事か・・・

タカアシガニ・魔除け

ところでカニは成長するときに「殻」を破って成長する。 見たことありますか? ユーチューブとかで見れますので調べてみてください。 感動です。 で、タカアシガニは足が長いゆえに足が引っ掛かり脱皮に失敗して死んでしまう確率が他のカニよりも高いようです。 成長しようとしても殻を破れない。

どっかで聞いたような話ですね。
人間社会も「自分の殻」を捨てない限り成長で来ません。
人間にとっての殻とは何でしょうか?
私は固定概念・経験則だけの判断と考えます。これそのものは決して悪いものではありません。 現状を維持していくのには大切です。 特に事なかれ主義の日本においては。

では、どうやって殻を破るか?
私は想像力・構想力であると思っています。 好奇心もそうでしょう。

どうやって磨くか? それこそ想像し自分で構想してみてください。

66 - 28 January 2020

■ お雑煮

2020年・令和二年が始まり早くも1月が終わろうとしています。 我が家に5ヶ月間ホームステイしていたデニス君は今月最後の日曜日に帰国。 お正月を楽しんで貰おうと和服姿で初詣、御節、お雑煮を食べてもらいました。 次男の嫁にお雑煮をお願いしたところ、なんと「小豆雑煮」。 デニスは小豆・黄な粉が好きなので大満足。 そこで「日本文化」大好きデニスと「お雑煮文化」の話題で元旦は過ぎました。

1) 雑煮の歴史
雑煮は室町時代、足利将軍時代ですね、に始まったそうです。 結婚の際の御祝膳の一つで、「夫婦が末永く、固く結ばれる」ことを願って縁起物の食材をたくさん使ったようです。味噌味ですが、直接味噌で味をつけると「味噌をつける」といって縁起が悪いという事で唐味噌を煮詰め布袋で漉した「澄まし味噌(垂味噌)」にしていたようです。
戦国時代ももっぱらこの作り方で、織田信長・豊臣秀吉・前田利家などは接待に「烹雑(ほうぞうorぼうぞう)」として振舞っていたようです。このころの餅も円満につながるという事で「丸餅」でした。 そもそも、餅は祭事・仏事の供え物としての役割が強く、「神様のお供えしたもののお下がり」をいただくことで、神様の力を体内に入れることができるという「神人共食」の食べ物。鏡餅をいただくのはまさしく「神人共食」ですね。
お雑煮文化が全国各地に広まったのは江戸時代の「参勤交代」によるもと言われています。 もちろんそのころでは文化の発祥は「江戸」。 このころからお雑煮は地方で少し形を変えていったようですね。 一般庶民がお雑煮を食べるようになったのは江戸後期。 年末や祝い事で「餅つき屋」という仕事があったそうです。

2) 味噌味か醤油すまし、はたまた小豆か。
現在のお雑煮は何味かで三種類。味噌味はやはり歴史的に見ても京都中心。味噌味のエリア、東は関ケ原近辺、北は福井市。加賀市は圏外。西は兵庫県まで、四国の香川県・徳島県、南は伊勢半島一体の東海岸以外。 伊勢市は圏外。 また、味噌は白味噌・赤味噌がありますが、徳島の一部と若狭湾周辺だけが赤味噌の様ですね。
異彩を放つのが先にも触れた「小豆味」。鳥取・米子・松江・出雲近辺のみで、同じ島根県でも山口県よりは醤油すましになるようです。

3) 丸餅・角餅(切り餅)か。
そもそも縁起ものの餅は丸餅が基本。 おおざっぱに分けると「西の丸餅 東の角餅」と言われ、丸餅はお公家文化、角餅は武家文化ですね。ですから関ケ原、昔の尾張を境に角餅文化になります。 面白いですが、神輿文化と山車文化の境界に近いですね(大阪は神輿文化。神輿は武家文化というより豊臣家・徳川家の「戦国時代の勝者エリアの文化」にではないかと勝手に思っています) 九州・四国・中国地方は丸餅。 北陸地方では加賀・金沢市、酒田市は丸餅です。 なんとなくイメージできますね。 加賀八万石は決して江戸には屈していなかった古い文化圏でしたし、酒田市は奥州藤原一族の文化がありますね。酒田市は山形県で唯一味噌味文化です。 そういえば東北の小京都の角館市は丸餅・味噌味ランキングされていませんね。 ご存知の方いたら教えてください。
切り餅になったのは武士の人数が増え大勢で分けなければならなかった、江戸庶民の餅つき屋の大量生産という「効率性」のためと、「敵をのす」(=倒す)との語呂合わせで縁起を担いで、餅を伸ばして「のしもち」にしたという説。どちらもありそうですね。
お雑煮の餅を焼くのは「角餅」のエリアだけの様ですが、九州の方に丸餅で焼く文化もあるようです。 焼くか焼かないかは「こおばしさ」だけかと思ったのですが、「焼けば丸くなる」という意味もあるようで、やはり「田舎武将」も京都に対する憧れはあったようですね。
こうしてみると「醤油すまし+角餅文化」は田舎武将の食べる野暮な食べ物、B級グルメの様な気がしてきました。 九州・四国・中国は丸餅。 武家と公家の共存ですね。 これも戦国時代の地方大名を思い出すと納得です。

今も昔も京都は日本文化の憧れの土地なのですね。
JRのCMソングが頭の中を駆け巡っています。
「そうだ、京都に行こう」

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