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杉山 義樹 院長の La cafeteria de FUJI

Yoshiki Sugiyama presents

La cafeteria de FUJI

~ 院長のひとりごと ~

杉山義樹院長が、毎月職員に向けて発信しているコラム 「La cafeteria de Fuji」を
ホームページをご覧になる皆様にもお届けいたします。

62 - 26 September 2019

■ グローバリゼーション 出来ますか?

一部の人は知っていると思いますが、私の家にドイツの男子高校生(1年生)のデニス君が5カ月の長期留学でホームステイしています。来年の1月末まで。 クリスマス・正月も本国には帰りません。 クリニックにも二回ほど来ているので会っている方もいるでしょう。 伸長187cmのナイスガイです。 高校は富士市内の私立高校が受け入れてくれています。 当然授業は日本語で受けますので、物理・化学・数学などの学習レベルの問題以前に日本語能力が必要なわけです。 毎日帰って来ては「大変です。勉強は嫌いではない、でも、何を言っているか時々分からなくなります」と嘆いていますが。 でも、学校生活は楽しんでいるようです。 先日もバレーボールクラブの遠征、先輩たちとのお好み焼きパーティーは非常に楽しかったようです。
実は彼の留学の目的は「語学学習」ではありません。 「日本文化・歴史に触れたい」という事です。 何にでも興味があり、必ず反応します。 そのためホストファミリーの私は色々な経験をさせてあげたいと、メニューをたくさん組んでいます。 まっ、付き合うデニスも大変ですがね。

ところで、皆さんは海外留学の経験はありますか? 大半の方は無いと思います。
私自身も4週間の短期語学留学でスペイン領のカナリア諸島にホームステイしたことがありますが、医師としての長期留学経験はありません。
ましてや高校生で・・

留学と言ってもその時の年齢や期間、目的によってかなり内容も違ってきますが、デニスのように高校生での留学の実態はどうなっているのかを調べてみました。
文部科学省の平成29年度の「高等学校等における国際交流等の状況について」を参考にしましょう。(高校在学生徒数328万人)


まず日本?海外の状況

① 三カ月未満: 42,793 人(前年度11,148 人増)。 生徒を出した学校は延べ 4,719 校。(国公立3009校 私立1710校) 行先は 55 ヶ国・地域。 オーストラリア(10,888 人)、アメリカ(9,123 人)、カナダ(4,438 人)、 イギリス(3,395 人)、ニュージーランド(2,959 人)。カナダは一部フランス語が入りますが全部英語圏。
この統計では詳細は明らかにされていませんが、「その他」の国・地域が平成4年の4986名から平成29年度統計では11990名と急激に増えています。どこに行っているのか気になりますね。アジア圏のような気もしますが・・

② 三カ月以上(中期): 4,076人(前年比121 人減)。生徒を出した学校は延べ 1,918校(国公立901校 私立1029校)。 行先は 39 ヶ国。アメリカ(1,151 人)、カナダ(937 人)、ニュージーランド(704 人)、 オーストラリア(522 人)である。
三カ月未満と同様な国で同じく英語圏が上位ですね。 年度推移からはアメリカ行きの数は年々減ってきており、カナダ・オーストラリア・ニュージーランドが徐々に増えてきています。


ところで何のために日本の高校生は留学するのか?
オーストラリア留学特徴で見てみると「治安・自然・時差・多国籍国家」とあり、受け入れ先は語学学校が中心です。 本当の長期(1年以上)は留学というより「進学」。 となると海外の大学入学が目的となってくるので一般学生として単位取得になるので大変ですね。 デニスの場合「語学学校」でなく普通の私立高校で授業を受けています。 単なる語学留学ではない点が日本人の中期留学と異なる点かと思います。 学校同士の協定?で日本での学習も「単位」として認めてもらえるので、2月の帰国後は復学できるようです。


では、デニスのように海外?日本はどうでしょうか?

① 三カ月未満:受け入れ数は3448名。なんと「日本?海外・三カ月未満」の10%未満の受け入れ数。閉鎖的? 不人気? オーストラリア(764 人)、 アメリカ(582 人)、韓国(422 人)、台湾(369 人)、中国(138 人) アジア圏が半数近くをしめていますね。 日本人の留学先とは顔ぶれが全く違いますね。 彼らを受け入れた日本の高校は延べ722高校。国公立388校、私立334校。

② 三カ月以上;受け入れ留学生は、延べ 2,621 人。 「日本?海外・三カ月以上」の60%ほど。 出身国・地域は 55 か国。中国(1,215 人)、タイ(198 人)、アメリカ(144 人)、韓国(137 人)、ドイツ(118 人)。 アジア圏優勢。
ドイツ来ましたね。 来年の統計には「デニス君の1名」がプラスされるわけですね。なぜにここに来ていきなり「ドイツ」が?
ドイツには「Schuleraustausch」という留学システムがあり、そのシステムを使って高校生の12%ぐらいは1年くらいの長期留学をするそうです。その数は年約1万8千人。 一割、すごく多くないですか? 40名クラスに4人ですよ。日本の場合在校生328万人に対し1.4%の海外留学数。 ドイツの10分の1程度しかいません。
ドイツの高校生に人気なのは1位:USA (アメリカ)2位:Kanada (カナダ)3位:Neuseeland (ニュー・ジーランド)4位:Australien ( オーストラリア)5位:Grosbritannien (英国)6位:Frankreich (フランス)7位:Irland (アイルランド)8位:Argentinien (アルゼンチン)9位:Brasilien (ブラジル)10位:Spanien (スペイン)
日本の高校生と人気国は変わりないですね。 残念ながらアジア圏は順位外。 デニスは珍しい存在ですね。 もっともデニスは日本が大好きで音楽も日本のロックバンド(名前聞いても分かりませんでした)が好きで、フランクフルトの日本レストランでアルバイトをしていたそうです。

話を戻して、やはり中国留学生は多いですね。 なのに中国には行かない??
ちなみに就労目的の日本留学の場合、ベトナム・フィリピン・タイなど東南アジアが断トツです。

ところで「グローバル」「グローバリゼーション」。 よく耳にしますね。 その意味は、「社会的・経済的に国や地域を超えて世界規模でその結びつきが深まること」です。
高校生の時からデニスのように海外を経験しようとする子供たちには将来是非ともグローバリゼーションを担ってほしいものです。
しかしながら、非常に残念な統計もあります。 文部科学省の「日本人の海外留学の効果測定に関する調査研究」によりますと、日本の大学「グローバル社会に対応した教育方針」に関しての調査結果は悲しい結果でした。

各大学の学部ごとの教育方針で
A:「英語を学ぶ」ことに力点を置いている・・・・・56.7%
B:「英語で学ぶ」ことに力点を置いている・・・・・4.7%
C:入学から特定の年次までは「英語を学ぶ」、それ以降は「英語で学ぶ」ことに力点を移行させている・・・・・・・・・・・・・・・・・・14.0%
D:「英語を学ぶ」と「英語で学ぶ」を並行させている・・20.7%
という結果がでています。

高校生ならまだ知らず最高学府でこの状態。 「英語は学ぶもので使うものではない」か「使うに至らない」のかもしれません。 いかに日本の語学教育が「真のコミュニケーション能力」を目的としていないかが見て取れます。 英会話としての語学学習でなく、コミュニケーションツールとしての英語活用。 私も英語力は高くはありませんので、あまり言えませんが、デニス君が来てくれたおかげで「グローバリゼーション」をより意識し始めました。ちなみに私とデニスは「日本語・英語・スペイン語」のまぜこぜで話しています。

せっかくのチャンスです。 私のとこに来てくれたらいつでも「グローバリゼーション」が体験できるかもしれませんよ。
日本に居座っていないで、世界を見据えてみませんか?
デニスは9月10日、17歳の誕生日を日本で迎えました。 彼は一人で考え、日本を勉強しようとしています。
あなたは17歳の時どうしていましたか? そして今のあなたはどうですか?
デニスに勝てますか?

61 - 28 August 2019

■ 孫の女心

先日、スポーツ仲間の一人にこんなことを言われました。
「クリニックホームページのla cafeteria de Fujiを読んだけど、難しすぎだよ。もっと、自転車でどこそこに行った、だの、OWS(海の水泳大会)の紹介とか、面白いのかいてよ」

確かに、透析にも関係してないしですし、医療に直接関係もしていない。 多少、脳生理学の話はありますが・・・かなりマニアックレベルで。

という事で、くだらない話を。

8月上旬に夏恒例?の家族旅行に行ってきました。
とは言いましても、家内は入院療養中、次男の末っ子が熱を出してしまったので、私と長男3人家族(長女10歳)、次男と長女(4歳)の6名で3泊4日のグアム旅行。

長男から「今年は長女が小学校四年生。来年の夏休みからは夏期講習で長い日程で旅行に行けないの、今年は豪勢に!」という要望があり「豪勢にグアム」(この程度でよかった、ハワイだのバリだの言われたら大変)と決定。
「豪勢に」と長男は言いますが、「出すのは俺じゃん」と心の中で呟きながらも、
「まっ、孫と一緒。孫が喜ぶなら」と孫たちにとっては初めての海外旅行をプレゼント。
長男たちが小さい時に連れて行ったグアムのPICが手ごろだろうという事で。
もちろん「いいよ」と快諾。

6月の私の誕生会(これも私が出してます(*^^)v)の帰りに、皆でHISに向かいその場で契約、カード一括払い。

お爺ちゃん、太っ腹!

カードで支払った金額を上の孫が見て目が点に。
そこで
「次はパスポートもって一人で来なさい。 お爺ちゃんと二人でなら、フロリダのディズニーワールドに行ってカリブ海で客船に乗れるよ」と孫に耳打ち。
今度は目が点になるのでなく、大きく大きく見開きましたね。

今後の孫攻略は「パスポート持っておいで」に決定!!
パパ大好きっ子だからいつになるかなぁ・・


グアムの旅行中に「へ~~っ」という出来事が。

二日目の夜。 ディナーショーに行くためにお迎えのリムジンに向かう途中。
母親と手をつないでいた上の孫が手を振り払うようにして、一人で歩き始めました。
後ろ姿から泣いているのは分かります。

お母さんに何か言われてふくれているのかな?
「どうした? 怒られ泣いているの?」と長男嫁に聞きました。

なんと嫁からでた意外な言葉は

「お父さん、嫉妬ですよ、嫉妬。 お爺ちゃんを取られたって泣いているんですヨ」
そうなのです。 嫉妬。
オンナ心~~~
「お爺ちゃん私をみて、私を愛して」
可愛いですね。


成田の出発からほとんど「4歳」の孫の方に私は関わりっぱなし。
というのも、4歳の孫は下の女の子が熱発したのでお母さんも来れず、お父さんと二人だけで参加。
お母さんや妹を恋しく思わせないようにと私も手をかけていたのです。

この時,上の孫は私と手をつないで行きたかったらしいのです。
何せ「自分が決めた旅行プラン(孫には、旅行中に何がしたいかをお母さんと相談して自分で決めなさい、と私が言っておいた)」だからなおさら。
そこに、またしても私が「4歳児」を抱っこしていたので自分のスペースが取れなかったのです。
で、母親がなだめてもダメで泣き出したという事。

この時は私の目が点になりました。
「えっ? うそ~~、そうなん?」
全く気付いていないお爺ちゃんでした。

抱いている孫を次男に渡して、泣いてる上の孫を追いかけました。
で何事もなかったように頭をなでて
「一緒に行こうか」
と両肩を抱いてあげたら、ふくれっ面ながら、腕にしがみついてきて最後は笑顔に。

やれやれ、女心は難しいや・・

長男の方は一人っ子。 次男の方は4歳ながら下に妹がいるから「独占」できないことは学習済み。
この後の孫二人の「お爺ちゃん争奪戦」は可愛かったですよ。
ベットに私が居ると二人とも塗り絵や絵本をもってとにかく私のそばに。
上の子が優越感に浸れるのはプールでのスライダーで私と一緒の時。 食事時は好き嫌いのない下の孫が私の注意を一身に集め優越感。

上の子は争奪戦には不慣れ、下の孫は一年間実践済み。
まっ、私が上手くバランスとっていた性もありますが、その後は争いにはならず「お爺ちゃん冥利に尽きる」旅行でした。
当然、お土産を買ってあげるのも、金額の差はありますが同時に。

均等に愛情を注ぐのは大変ですが楽しい日々でしたね。
帰りの飛行機は当然私が真ん中で両隣に美女二人。 両手に華で帰国しました。
最後には上の孫も「争奪戦」のコツを掴んだようでしたが。

その後、うれしいメールが来ました。 下の方の孫。
旅行が終わった二日後の夜「お爺ちゃんがいない」と泣いてくれたそうな。


人に愛され、人を愛す。
人を大切にし、人に大切にされる。
見返りを求めてはいけない。

孫達を見て「愛される事、大切にされる事」の方が大事だなとしみじみ思いましたね。
愛するのは自分で勝手にできますが「愛される」のって勝手には出来ませんからね。

皆さん、たくさんの人に愛されましょう!
愛されて、愛されて、有頂天になるぐらい愛されましょう。
さぁ、みなで声をそろえて叫びましょう
「私をもっと愛して~~」

60 - 31 July 2019

■ 「気づき」を知りたい

前回お約束した介護関連の話でなくて、別な話題です。

先日、現在通っている通信教育の大学院で学んでいる「ビジネス的思考」の講座で好奇心について考えさせられることがありました。 「好奇心を育てることで人間も成長し、豊かな人生を送れる」 そんなことは分かっているし、「好奇心の磨き方」みたいな手引書はありふれて存在している。 私が気になったのは「好奇心」そのものをどうやって「存在」させるか?です。 車がなかったら運転技術は磨けないし、実際においしいものを食べていないでおいしいものを想像することは不可能である。 そもそも「好奇心」なる「心」の回路が無ければ磨きようもないし、育てようもない。

昨年度末の職員面談で「気づき」を教えて欲しいという声が多かった。 気づかないから動けないし、改善できない。 当たり前のことである。 この「気づきの有無」そのものが「好奇心」の始まりなのではないか? ふとそう思いました。

今回は好奇心の原点の話をしたい。
動物に好奇心はあるのか? 動物にある「好奇心」の原点は「食料探し」という探求であろう。 イルカとか猿は違う!? まっ、そういわず。
脳内で「餌はないか?」「何かないか?」と考えているわけではないが、動物は「本能的に食料を探究」している。 これはアントニオ・R・ダマシオの言う「原意識」という無意識レベルからくるものであると私は考えていますが、この話は機会があったらにします。 要は「無意識の本能」と思って欲しい。 その本能はどうやって動くのか? 「空腹」であったり「匂い」であったり「目の前の動くもの」であったり。 体の中の「内部情報」、環境からの「外部情報」に刺激されて動き出します。 内部情報比率が高ければ高いほど「原意識」つまり「本能の探索」であると考えていいかもしれません。 原意識に「本能の探索」つまり「好奇心の種」が存在していると私は考えます。

私がイメージする探索・好奇心とその環境の位置関係を図にしました。

好奇心の所在

好奇心のツリー

この説明をすれば「好奇心が何なのか」「好奇心の種をどうしたら発芽させられるか?」も少しわかるかと思います。

図にある「奇」とは何か? 情報です。 しかも、今までになかった情報です。 辞書には「奇=不思議・珍しい・あやしい・思いがけない」などの説明がなされています。 慣れてしまった、いつもの情報は「奇」ではありません。 「奇」であることが重要なのです。

子供の時を思い出してみましょう。 何にでも興味を示していましたよね? なぜか? すべての情報が「奇」だからです。 全て初めての体験、知らなかった事だからです。 猿も好奇心は他の動物よりあります。 その猿に刺激(奇)を与えないマンネリ化した環境に置くと奇行に走るそうです。 退屈が「奇」を欲しがるのでしょう。 人間の場合、そこまでは無く、「言語」を持っていることで「中核意識」(これも別な機会に)が「意味付け」「環境適合」を試みるので即「マンネリ=奇行」にはならないと思います。 限度はありますが。 老人の好奇心がなくなるのは「マンネリ化」です。 だから「奇行」に走る??
原因は必ずしも認知症ではないですね。(むしろ結果かも)

人間社会の中にある「奇」を考えてみましょう。 自分の周りですね。 それこそ自然界に身を置けば常に変化があるので「奇」があります。 あつ、ここで「奇=情報」について。かなり以前話したことがありますが、私たちの肉体には気が付かない「外部情報」が一秒間に数千万ビット飛び込んで来ています。 意識に上がらない情報が90%以上。 そうしたものも含めての「奇=情報」です。 気づかなくてもいいのです。

今の生活にはどうでしょうか? 「奇=情報」はありますか?
人間社会の「奇」は今生きているこの世界での「創作活動ではないか?」といわれています。 例えば、料理をする、絵を描く、歌う、踊る、スポーツする、芸術鑑賞する、農業する、釣りする、などなど。 なんでもいい。 そうです、何でもいいのです。 でもこれ、すべて「生きるための探索」の原点ですよ。 それを人間風に置き換えただけ。 ひとつずつ「生きるための探索」としたら何なのか考えてみてください。

この「奇」なる外部情報にたくさん身を置くこと。 これだけです。 ただし一個だけ条件があります。 「正解がないもの」の外部情報です。 学校の授業やテストは正解があります。 これは「奇」ではないのです。 結果が予想でき、決められた範囲に結果があるからです。 正解があってはダメなのです。
本能の探索を考えてみましょう。 餌を探しに行った。 その動物にとって正解は? 食料にありつけたら正解。 本当にそうでしょうか? どんな餌なら正解? ありつけなかった不正解?
先ほどの問いと一緒に考えてみてください。
これが「気づきを教えて欲しい」の答えの一つといっていいかもしれません。

59 - 28 June 2019

■ 「透析というライフスタイルの提案」

今月7日に当院で(富士富士宮地区でも)初めて「透析患者さんの介護連携意見交換会」を行ったのは皆さんご存知と思います。 透析室現場では患者さんの高齢化に伴いADLの低下や認知症の為にDWコントロールや内服指導・栄養管理に非常に苦労しています。 そこで現在私たちはNSTでのサルコペニア予防、ベッド上リハビリ・そして介護連携強化を行い日常生活支援としての「透析というライフスタイルの提案」(富士中央病院のロビーで流れている15秒映像で流しています。)を行っているわけです。
これからしばらくその活動を含めて「透析というライフスタイルの提案」について考えていきましょう。

現在当院が取り組んでいる内容を整理したのが「促進実践方法」(添付資料)です。

整理すると意外とありますよね。 私がうれしいのはそれぞれのプロジェクトと言いますか院内外活動に参加してくれているスタッフが自主的に参加し実践してくれている点です。 本当にうれしく思います。
サルコペニア予防の詠唱指導(NST)は何となく始まりましたが、今の栄養士さんの協力もありマニュアルもしっかりしてきて、サテライトの透析施設でそこまで介入しているのは皆無かと思います。 アルブミン値なども改善もあり、いずれみんなにその実績を報告しないとなりませんね。 ベッド運動療法も順調に進んでいます。 患者さんからの感謝の声もちらほら出ていますから、これもいずれみなさに実績報告ですね。

さて、今回から数回に分けて富士富士宮地区で初めての行われた「透析患者さんの介護連携意見交換」の結果、当院の介護状況実態などをお話ししましょう。

令和元年5月末での東名富士クリニックの登録患者数は327名です。その中で介護認定取得者は105名、全体の32%(障害者支援6名も含む)にも上ります。 この数字は前回調査した昨年末の69名から大幅に増えていますが、透析現場での介護取得に向けた啓蒙が功を奏したと考えています。 65歳以上の患者さんだけに限ると39%の方が介護認定を受けています。全国の介護認定取得割合は65歳から74歳までは4.4%、75歳以上で32.5%ですから、当院の患者さんの介護認定取得率はかなり高いと思っていいでしょう。
認定取得者の105名中、支援2が最も多く29名、支援1は3名。 大半が要介護認定者(66名)で全体からみても20%、要介護3以上だけでも36名、全体の11%にもなります。(添付資料)

介護認定_区分別の人数

介護認定_取得割合

介護認定_促進実践方法

訪問看護での改善率

こうした状況下に現場で最も困るのがDWコントロールや内服・食事管理ですね。 そのために「日常生活支援者」や「ケアマネ情報・介護状況」の情報を日々取得して来たわけですが、100名を超えると、さすがに個々の対応のみで行くのは不可能。 そこでクリニックとして対外的にも協力を仰ごうと「介護連携推進チーム」の登場となるわけです。

全国的な透析施設と介護施設等のかかわりを見てみましょう。 「要介護高齢者透析患者の生活状況と訪問看護介入実態に関する研究」という題名の「在宅医療助成勇美記念財団」の報告レポートからの抜粋してみてみましょう。(添付資料)

透析施設⇒訪問看護センター_要望

透析施設の「お悩み」はどの施設も同じ様ですね。 内服指導・食事・機能維持・水分・保清。 どれをとっても当院と同じ悩み。 それを、実際に訪問看護などで介入してもらうと、内服管理・食事管理で半数近く改善が見られたようです。 これは期待大ですね。

当院でも6月7日の介護連携意見交換会の実施に当たり「事前アンケート」「交換会終了時アンケート」を行っています。 次回、紹介しましょう。
介護連携推進チームのみならず、NST/運動療法を駆使し、透析医療だけでなく「日常生活支援」「透析というライフスタイルの提案」を考えていく、そんな透析施設を作っていきましょう。

58 - 31 May 2019

■ 「孫子」の兵法が今でも・・

令和元年。 私自身はそんなに意識はしていないが、「新年号」を思い知らされる時がある。 祭りである。 今年も連休明けから「神田明神」「三社祭」と神輿を担ぎに行ってきたが、その神輿に行くと、「天皇陛下御即位奉祝」と書かれた札が神輿に飾ってあり、否が応でも「気持ちが」昂るから不思議である。

全く話が変わるが、こんな面白い文章を目にした。
「MBAを取得するための必須科目に、実は『孫子』が含まれているのだ。『孫子』をビジネスに活かすための書籍やコミックが書店にはたくさん並んでいるわけだが、その理由がここにあるのだ。経営学の専門家になるためには『孫子』を学ぶことが義務付けられている。」
(MBAとはMaster of Business Administrationの略です。 日本では経営学修士の事)

孫子というと、私にとっては、大河ドラマの戦国武将必ず出てくる「孫子の兵法にならい***」「民の事を思い・・・」「兵を死なすな」などのセリフであり、経済と全く無縁と思っていたので「???」であった。
たくさんある孫子の兵法の中に「勝算を得るための基準」(日頃の心構え)として「五事七計」というのがある。 要は「自国を知り他国を知る」ことで戦いは勝てるという「兵法」であるが、経済でいえば「自分の会社・企業」を良く知り、ライバルの事もよく調べなさいという事である。
もっと日常生活であれば「自分のスポーツチーム」だったり、「自分自身」とライバルにも置き換えられよう。
以下現代風に「五事」を「スポーツチーム」「クリニックの組織」に照らして読みなおしてみました。

  • 五事

  • ① 道・・

    政治:平時から民と政治(統治者)が一体になっていないとならない。
    政治に限らず、企業のリーダーやチームのリーダーは「民:国民やスタッフ」と心を一つにしておく。 コミュニケーションというよりそれを超えて一つになる事だろう。

  • ② 天・・

    自然現象:日陰・日向、気温変化、四季の推移や定め。自然に対して順応することが勝利する。 自然現象、また人間の動きや世の流れも「自然」という範囲である。
    人間にはどうにもならない「自然」に順応した策(作戦)を立てる。
    時制・風を読むという事でもあるし、スポーツであればまさに「天候」である。

  • ③ 地・・

    地形:土地の高低、戦場の広さ、距離や地形の危険個所、軍を敗死させるか否の地勢を知り、利用する。
    今の時代であれば「物理的な地形」ではないと思います。 もちろんその意味もあるだろうが、「ビジネスという戦場」なら「市場規模、キーポイント、時間的な距離・スピード感」であるだろうし、スポーツの世界でいえばグランドのコンデション、自然相手のスポーツなら「地図」を理解しておく。

  • ④ 将・・

    将軍の能力
    取りも直さずチームリーダーの智力、部下からの信頼、仁慈の心、グリット力、厳格さなど。

  • ⑤ 法・・

    法令:軍法の事であるが、組織のルールや役割・規律の事。 チームや組織にはそれぞれの「カラー」がある。 そうしたカラーを大事にしなさい、ということであろう。

ちなみに、七計というのはこの五事を相手と比較する方法の事です。

言われてみれば当たり前。 でも、当たり前がなかなか難しい。
戦国武将が常に「肝に銘じていた」のも分かる気がしますね。

57 - 25 April 2019

■ クリニック理念

新年度が始まると同時に「シャントセンター」がオープンしました。 透析室は古いままですが、患者待合室や総合受付、更衣室も新しくなりました。 三階にできたシャントセンターも近代設備を導入し、診察室などもちょっとしたホテルのような仕上がりです。まだ行っていなかったら是非見学してください。
こうしたハード面の新しい出発もさることながら、絶対に変わったこと、変えていかなければならないことがあります。 それはクリニック運営とそれを実務していく組織です。 大きな改革の時期に来ています。 それぞれを皆さんに理解していただきたいのですが、その前に確認しておいていただきたいものがあります。
クリニックの理念です。 5年前私が院長として赴任した時に掲げさせてもらいました。

「すべての人の豊かな生活のために高品質の透析を提供する」

この意味をよく考えていただきたい。

医療機関であろうが一般企業であろうが、企業になくてはならない在り方(存在意義)にCSR(企業の社会的責任:corporate social responsibility)というものがある。 企業の歴史的流れの中で「企業は何のため。誰のためにあるのか」というのは繰り返し問われてきた。 企業は企業のためにある。 オーナーのためにある。 顧客のためにある。 従業員のためにある。 一昔前のアメリカは株主のためであった。 現在は?
人間の「マーズローの欲求三角」を思い出してもらいたい。 底辺にあるのは「食えればいい」などの生理的欲求であり、最上級になると社会貢献や自他愛に満ちたそれこそお釈迦様になっていく。 企業も同じ。 個々の人間と同じよう「頭脳」を持ち「思考」を持っています。 生命体です。 人間と同じ様に成長していくのです。(経済成長ではありませんよ)
つまり「企業という生命体」も成長し「社会的欲求」「承認欲求」のレバルに達してきているということです。

では考えましょう。

「すべての人」とは誰の事でしょうか?  あなたですか? 患者さんですか? それだけしょうか?  CSRを思い出してください。 この一週間、あるいは一か月、あなたのお回りにはどんな人がいたでしょか? レストランでご飯を食べましたか? 誰が運んでくれました? 誰が作ってくれました? だれがその材料を作り、だれが輸送したのでしょうか? あなたと何らかのかかわりがあったはずです。 同じ様に企業体である東名富士クリニックはどんな方々と「直接的」「関節的」かかわったのでしょうか?

「豊かな生活」とは?
「豊か」とは何が豊かなのでしょうか? 富ですか? 自然ですか? 愛情でしょうか?
幸福なこと? じゃ、幸福とは? また、そのレベルは?
国の豊かさを示す指標にGDP(国内総生産:Gross Domestic Product)というのがありますが、それで測れますか? 最近はIW(包括的な豊かさ:Inclusive Wealth)というのもあります。 GDPよりはましですがはたして? いずれも第三者からみた指標です。 そもそも絶対値的な豊かさなど存在しません。 他人との比較ですし、また尺度も自分の尺度です。 比較する尺度もあれば、比較しない尺度もある。 豊かさの尺度はどこにあるのでしょうか? 誰が誰に対し豊かと感じるのでしょうか?

「生活」とは何でしょう?  家でテレビを見てご飯を食べる頃でしょうか? 炊事洗濯? 生活は「生きるを活かす」と書きます。 生きるとは? 生きるとは生命ではありません。 生命とはその状態です。 生きるとは時間的流れに乗っています。  活かすとは何でしょう?  お国のために活かす? 人に活かす? そもそも「活かす」ことができたという判断は何をもって誰がするのでしょうか?

「高品質の透析」とは何でしょうか? 透析のプロセスですか? 結果ですか? 結果の指標は? 誰から見た高品質ですか? どんな状態が高品質でしょうか?

「提供する」とは何でしょう?  分け与えること? 奉仕すること? 売る事?
また、何のために提供するのでしょうか? お金?

「すべての人の豊かな生活のために高品質の透析を提供する」
言葉の意味を一つ一つ噛みしめてみてください。
スルメみたいな味がするかもしれませんよ。

56 - 26 March 2019

■ 仕事を熟す・・1

年度末にクリニックの常勤者の方々と役員面談をさせてきました。その際、私たちクリニック側が「何を提供してあげればいいか?」「来年度の目標は何か?」とかを質問させて頂きした。皆さんの要望等は個人的にファイリングしていますので、来年度は気づいたおりに進行状況など確認させてくださいね。
で、ファイリングで気づいたのは、
Ⅰ「やる事・計画がうまくまとまらない」、
Ⅱ「抜けや見落としがあったらので指摘してほしい」
の二点が非常に多い点でした。
今回から数回に分けて、この二点の解決方法を私なりに伝授いたしましょう。 いろんな方法があるのでそれぞれにあった手法を選択すべきですが、なるほどこんな方法もあるのかと参考にしてみてください。
今回はⅠ「やる事・計画がうまくまとまらない」から考えてみましょう。 おそらくこの問題には、
1:やらなくてはならない事が多すぎて整理ができない
2:計画したのはいいが結果まで導けない。
この二点があるでしょう。
私自身も日々やりたいことが多すぎて(好奇心の塊)、日々整理するのが大変ですし、中途半端な結果に終わりストレス満載になったりしていました。 今は慣れてきたので整理できますが、一時期は仕事・プライベートがゴチャ混ぜになり大変でした。

まずは
1:やらなくてはならない事が多すぎて整理できない。 ここから行きましょう。 お勧めはカード式整理法。 この方法は私が医師になりたての頃に学会発表の準備・発表主題の整理する際に、経済系大学の教授であった妻の父、義父に教わりました。
研究内容を発表する際、論旨を頭の中だけでこねくり回したり、これも重要、あれも重要だと思ってしまうと、すべてが関連(紐づけ)されておりなかなか整理できません。 日常でも同じ。「これは仕事の問題、こっちはプライベート、でも時間的にかぶる。」「この仕事を片付けないといけないが、このプランにも関係しているから連動させないと」。「これもやらなきゃ、あれもあるし」

透析室で私が時々「一つの文章にしないで」「名詞か名詞節。 単語だけ並べて」っていうのを聞いたことがあるかと思います。 これは私の頭の中では「カード」に書き写しいるのです。 なれれば実際にカードにしなくても整理がつくようになりますよ。 「メモでいい」「箇条書きにすればいい」と思うでしょうが、NO!  最初はカードです。
まず、名刺大からはがき大の紙を何枚か用意します。 そのカードに現在問題になっていることを文章でなく名詞・名詞節だけで記入します。 例をあげましょうか。 現場に即したものでいきましょう。

「Aさん。 同居の家族は居るにはいるが、家庭環境に問題があるようで連絡に応答なし。 本人が食事を用意したり、家族が用意したりしているが、塩分摂取量が多く常に水分過多でドライウェイト達成ならず。 昼間は本人のみ家にいる。 指導しても理解できないのか、無視するのか全く守れない」

こんな方のドライウェイト・水分過多をどう改善すればいいのか?
どんなふうに? この文章を読んで理解しただけでは解決方法・手順は思いつかないと思います。
カードに問題を書き写してみましょう。

おそらく、最初はこんなカードができるでしょう。
「家庭環境に問題ありか? 連絡取れず」
「食事準備は本人か家族」
「塩分が多く水分過多でDW達成しない」
「昼間、本人一人」
「栄養指導しても無視・理解できず?で守れない」

これを、カードに書いてひたすら眺めてみてください。多少解決方法が浮かぶかもしれません。 が、まだまだ細分化できます。おそらく私でしたらここまで分解するでしょう・

「同居家族連絡不十分」
「家庭環境問題ありか?」
「食事:本人準備」
「食事:家族準備」
「塩分過多」
「水分過多」
「DW未達成」
「日中患者一人」
「栄養指導済み」
「栄養指導:理解力無し?」
「栄養指導:無視?」

ここまで細分化できれば問題解決のための手法は簡単です。一つ一つ解決方法を練ればいいのですから。 でも、まだまだ。 このカードをひたすら眺めます。 するといろんなグループに分かけられるのではないかと気づきます。 例えば、
「我々の技術力・能力で解決できそうな群と本人・家族のプライベートなもの」=直接的な医療介入と家族教育や家族間の協議で解決方法を探る。
「第三者介入で解決できそうなものとそうでないもの」=介護者や外部業者など
「疾患がベースにありそうなものとそうでないもの」=認知症、精神障害、味覚障害、性格、発達障害など
あるいは「優先順位(時間的・重大事)で区分できそうなもの」=生命の危機や人生観・死生観など。
また、三群にグループ分ける事もできるでしょう。

「中心人物=本人」
「中心人物=家族」
「中心人物=当院」

グループ分けにルールはありません。 分けなくてもいいですができれば2~3グループには分けましょう。グループ毎で解決策やプランがまとめ上げられるからです。
この例を参考にしてゲーム感覚でカードに書き写し、グループ分けしてみてください。 カードにする理由はこのグループ分けをビジュアル化するためです。 また、カード二枚・三枚に分かれていた問題が実は一つの問題であり、一枚のカードできる事に気づくかもしれません。この際注意が必要なのは「グループ分け」を一枚のカードにはしないでください。 先の例でいえば「DWの問題」と一枚のカードにいしてしまったら、何の策も出ないでしょう。
仕事とプライベートが同時期にいろんな出来事が重なって頭がフリーズするときもありますね。そんなときも名詞・名詞節で細かく砕いてカードに書いてみてください。 それをグループ分け。 その時、絶対にやってもらいたいのは「誰のため?」「何のため?」もグループ分けの一つとしてやってください。 時間的制限(タイムリミット)、好き嫌いで分けるのもいいでしょう。
いろんなタイプでグループ分けして「自分が一番しっくりした」グループ分けで解決策を練るのが得策です。

それでは問題です。以下のものをカード化とグループ分けして問題の在り方を明確にしてみてください。 おそらく、問題の原因やその結果(感情・意見)に対し関連性がないことにも気が付くでしょう。

「仕事は辛いな。今日も取引先で嫌味言われたし。 才能無いのかな・・ でも、ほかに今更転職できないよ。 収入が無いと生活できないから、今の職場を離れるのは問題だよ、これから子供の学費がかかるし。 職場の連中はいい奴らだけど、営業のノルマはきついぜ。 家族との時間も大事で、せめて休暇を取りたいが、仕事仲間に悪いから休めないし。」

55 - 27 February 2019

■ 意識という錯覚 Vol.11 「豊かな感性」

最近、過去のNHK大河ドラマを見直している。 特に戦国時代。 「真田丸」から始まり「足利尊氏」「軍師・黒田官兵衛」「独眼竜政宗」「徳川家康」と観て来ている。 戦国武将や軍師の策の練り方、「大将」としての器量とは如何なるものかを学ぼうと思っているのだが、中々難しい。 まず言って、私は彼らの器量には程遠い。 政宗が劇中で言っていた。 「儂には天下は取れぬ。天下が取らせてくれぬは」 天下は狙って取れるものではない、色々なものが重なり、天下が降りてくる。 そう言いながら伊達政宗は三人の徳川将軍に仕え外様大名ながら「副将軍」と謳われた。 流石、政宗である。

ドラマなので脚色も有るでしょうが、大体において主人公には大義があり、家臣を信じ、領内の民に心を痛め、当然家臣からも信頼されている。で、必ずと言って良いほどお殿様や大将に耳の痛い事を進言する忠義の側近や身内が居る。 素晴らしい。こんな大将になりたいですよね! ただ、ピラミッド型のヒエラルキーがあり、今の時代には削ぐはないかも知れないが・・

さてさて、そんな大河ドラマが「無意識という錯覚」に関係あるのか? (当然、関係あるから書いているので愚問ですね) 実はこれらの大河ドラマにどうにも気になる「駆け引き」と言いましょうか、「討論や軍議」「判断」があります。 どうもそれが無意識の錯覚・思い込みから出ているとしか思えなく「センスないよな~~」的場面が多々あるのです。(ドラマの脚色もあるし、意図して演出しているのは理解してね) 俗に言う感情や思い込みの主観的判断によるところなのですが。 ドラマを見ている側は全ての情報が入って来ているので、登場人物の感情論や思い込みは手に取るようにわかり「客観的」に判断できます。 じゃあ、その当時の当事者になったとして、我々にできるでしょうか? 恐らく、タイムマシンで戦国時代に我々が行ったら、もうちょっとマシな判断はしていると思います。 もっとも「一般庶民より」は、ですよ。 これは、今の我々が歴史を知っていると言う意味ではありません。 今の時代、私達の脳には(戦国時代に比較しても)目まぐるしく移り変わる大量の情報がインプットされてきます。 当然、無意識はそのべらぼうな量の情報の中から選りすぐり(?)を意識に登らせる訓練ができていると思うからです。 しかしながら天下取りを賑わした戦国武将は意外と手強いでしょう。 何故なら彼らにはあの当時に置いては秀でた情報収集能とその情報解析力が訓練されていたと(私が独断で)思われるからです。

ところで情報解析といいましょうか、意識に上がってきた「考え、意見」が「何者」であるかと言うのを分析・判断する良い表を見つけました。 無意識が出した答えなのか、意識が判断したものか、客観的なのか主観的なのか、を見極める?表ですね。 正確には「感性とは何か?」を問う講座で講師(野田先生)が使っていたのを、「感性度判断基準」として私なりに作り直したものです。

フィードフォアード制御

俗に「センスがある、感性が豊かである」というのはどういうときでしょうか? 「あの人、服のセンスいいよね」「あの新人議員は政治センスがある」「あの音楽家は感性が豊かだ」とか、センス・感性ってよく耳にしますよ?
野田先生いわく、判断する基準に「四方向」があるそうです。 論理的に過去情報・資料を参考にした判断。 五感、つまり、聴覚・視覚・触覚などの感覚器をフル稼働した判断。 直観・ひらめき・理屈なしの判断。 基本的に好きか嫌いかによる感情の判断。 これを、私なりに意識と紐づけしてタイプ分けしたのが表です。 上矢印は客観的、下方向が主観的と思ってもらっていいでしょう。 で、右に行くほど「意識」の判断力となり、左に行くほど「無意識」の判断と思ってください。また、縦方向が左脳、横方向が右脳という見方もあるかもしれません。

表の説明をしましょう。

秀才肌:五感の情報から得られた情報を意識が認識し、過去情報・状況からその認識の証拠固めをして判断するタイプ。 冷静沈着、臨機応変、柔軟な対応。 売れっ子のお笑い芸人なんてそうかもしれません。 非常に「気」を読むのがうまい。 俗にいう策を練るのがうまい人はここでしょうね。 黒田官兵衛や政宗の重臣などはまさしくそんな感じかな~~。  リーダーとはこうありたいものです。 ただ、あまりに度が過ぎると「冷酷」と映るでしょうね。 若い時の石田三成なんてその冷酷な計算のできる秀才だったのかもと思います。

天才肌:論理的考えはベースにあるのですが、非常に訓練された状況(適切なニューロンの発達がある)にあるため「咄嗟の判断」が的確で、理にかなった行動や思考過程を持っている人ですね。 凡人から見ると「??」って感じ。 その行動の理由を聞いても答えはチンプンカンプンでしょう。 何せ頭の中が「ブラックホール」としかしか見えないのですから。 天才かどうかは別として、スポーツ選手の動きとはこの状態に近いですね。 もちろん判断基準に五感も使っていますが、それはすでに「無意識」の反応ができるレベルまで研ぎ澄まされているので「意識した五感」にはなっていません。 だから天才と言われるのです。 プロのスポーツ選手やアーティストに「どうして咄嗟にそうできた?」と聞けば「意識していませんでした、勝手に体が」とか「分かりません、急に手が動き出した作品です」と返ってくるのは常ですね。

勘違い:五感で観察はしているが、その結果が反映されず好きか嫌い・自分に都合がいいか悪いか、損か得かできめてしまう。 例えば、時々見かける女の子に「色合いとかデザインでこの洋服がいいのだけど、その店が嫌いだから買わない。」 また、政治家にありがちなタイプに 「アイツの対応は間違っていないし、確かに観察すると正しい行動と思うが、ヤツが嫌いだから反対する。」 判断が論旨とはずれていますが、後述の「錯覚」と違うのは、「好き・嫌い」という明確な判断基準が本人のみならず、第三者にも見て取れる点です。
また、「昔からそうだし」「決まりだから」もこの範疇です。 規定から外れる事が「嫌い」「不都合」なのです。
この手の人に「主観が入っていませんか?」 と聞くと、まずは「入っていない」と答えるでしょう。」 なぜなら「好き・嫌い」の判断も「感覚」の中の客観的判断とらえてしまうからです。 「好きという感覚」。 本当は「好き・嫌い」は「情」であって、感覚ではない「感情」なのですが・・・・
情報不足で判断する場合もこの傾向が出る気がします。 とにかく結論を出さないといけないときなど。
例えば、子供に「今夜何がいい?」
「焼肉!」
「あっ、無理、冷蔵庫にお肉無いや」
「肉がないなら無いって、先に行ってよ」 これなんか典型?

錯覚(スキーマ):これはいい意味では無垢といえば無垢。 なぜなら本当の錯覚は自己責任ではないからです(過去ナンバー参照)。 ですが、その「ひらめき」の方向性がずれているとどうなるでしょうか。 勘違いも甚だしいというか、いるじゃないですか、「いや、これは私の意見の方が正しい。 なぜって、私はピンときたし、それが経験上正しいに決まっているからだ」っていう人。 ひらめきはひらめきなのですが・・・・・。 論議にならない。
間違った(ずれた)情報解析でも、その方向性で脳内のシナプス・ニューロンを繰り返し刺激すると、当然そちらのほうに「ひらめき(条件反射と考えれば分かりやすい)」が流れ安くなってしまうのです(意識という錯覚8フィードバック・フィードフォアード参照)。これは本人にとっては「正しい経路のひらめき」になるために厄介なのですが、これを認知行動療法では「スキーマ」と言います。 スキーマも強くなると、錯覚に等しい。スキーマも訂正困難となった場合、その意味では「錯覚」となります。 誤解は訂正できるが、錯覚は訂正困難(過去のナンバー参照)だからです。 ただし一般的錯覚はほぼ人類共通の認証です。 しかし自分一人で作りあげたスキーマの錯覚は第三者と共有し説明することは甚だ難しいのです。 ある意味、幻覚に近い??
真田幸村。彼自身は「秀才肌」の人ですが、最後は豊臣勢のあまりの「錯覚」集団に人生を翻弄された人物と思います。
ただし、この領域は必ずしも弊害があるわけではなく、うまく使えば有用です。子供なんてこの状態で反応していることが多々あります。 純真無垢な状態でもあるのですから。

はてさて、あなたはどのタイプ?  一日の流れの中、題材によってもタイプは入れ替わります。 自分を自己評価するのは難しいですから、第三者との会話の時にその人物の意見がどのタイプなのか観察するいいでしょう。 その際、あなたが「秀才肌」で評価しているかどうかは分かりませんが。
ちなみに「感性豊かな人、センスがある人」はこの四タイプをうまく使い分けている方を指すようです。 確かにそんな気がしますね。

54 - 28 January 2019

■ 意識と言う錯覚 Vol.10

フェイクニュース:偽情報

アメリカのトランプ大統領が乱発する「フェイクニュース」。 流行語大賞を取ってもいいかなってくらいはやりましたね。 彼はマスコミをフェイクニュースの巣窟とののしっていますが、彼自身がフェイクニュースの発信源であると思うのは私だけでは無いでしょう。 まっ、そんな事はさておき。

そもそもフェイクニュースとは何? 意識・無意識と関係あるの?
本来のフェイクニュースとは、マスメディアが流す「不本意ながらの虚偽報道・虚偽情報」や「意図的やらせ情報」の事では無く、SNS等で流れる「意図的・悪意のある偽情報」のみを限定して言うものです。 昨今、トランプ大統領の乱用で「情報としては正しく」ても「自分に都合の悪い情報はフェイクニュース」に含まれるようになってしまいましたが。 フェイクニュースの広がるスピードと範囲は、正しいニュースの伝搬速度よりも数十倍速いというデーターがあります。 昔から「悪事千里を走る」と言われていますからね(この場合の「悪事」は事実ですが、悪事に関してはその信憑性に限らず、同等)
フェイクニュースは「意図的で悪意がある」と言う事ですが、ここでは、意図的で無くても結果的に偽情報となってしまう物を題材にして意識と言う錯覚の話を進めていきましょう。


お分かりと思いますが、フェイクニュースとは「情報」そのものである事は間違いありません。 まず「情報伝達」を整理してみましょう。
① 情報発信。情報には発信源があります。 発信源は人間だけではありません。 動物、自然界、機械、全てが発信源です。 また、言葉だけでなく、鳴き声、異常音全て情報です。
② 情報伝達~受信。 情報は「伝搬・媒介システム」で受信者(人間)に届き、感覚器が受診します。 つまり、光、音、熱等です。 文字は光を媒介にし、会話は音を媒介にしていますね。  フェイクニュースの話なので、「文字情報」だけに限定しましょう。
③ 情報解析。 記載された文字は光信号として感覚器(今は視覚のみに限定)にはいり、電気信号化され脳(正確にはいくつかに別れた視覚野など)に入力され、「無意識」のレベルで解析されます。 まず「意味がある文字」かどうか分類され、そこに過去の情報の検証があり「質(重みや感情、情動、さらなる意味づけなど)」の装い(付加価値)を付けて「意識」に伝えられます。
④ 情報の意識化・情報の表現化。 この際に、より訓練されたニューロン・シナプスを介して意識に伝搬されます。 我々は「無意識」から上がってきた結果を100%自分の意思決定であると「意識」し、それを表現化、意思表示します。

この全ての段階で情報が「偽情報」となる要因があります。 実は①②の段階では「真の情報」には成っていません。 そこに「存在するだけ」です。 ③以降、つまり受け取って初めて「情報」として成り立ちます。 たとえば、アラビア文字の看板は私には②どまり。良くて「絵柄」としてのレベルで③。 存在するだけです。 でもアラビア文字の看板のそばにベリーダンスの衣装を着た妖艶な女性が立っていたら・・・。 女性は速効④の「綺麗だ~~!話したい!」に成りますが、看板は①のみで、私に伝搬すらしないでしょう。

さて、①の段階で偽情報となるのはどんな時か? 意図的であるのは別にして、意図的でない場合はあるのか? 自然界では擬態でしょう。 動物の模様や植物の花や葉に見られますよね。 大きく見える様にしたり、他の植物に似せたり。 人間の場合は? ④ともからんでしまうのですが、情報解析が異なる方向に向かった結果。 情報解析した人間から発せられた「ゆがんだ情報」です。 つまり、発信源である人間の勘違い・錯覚ですが、「本人にとっては真実の情報」ですが、偽情報を含んでいます。

②の段階は?  これは簡単です。 電波障害やパソコンの文字化け、誤字脱字、ページの欠落、ノイズ等。  あるいは白内障や網膜剥離、難聴など、受信装置(感覚器)の故障もそうでしょう。 本来の情報が正しく伝わらないのですから偽情報となります。 でもこれは、簡単に改善可能な領域です。 システム(感覚器)の改善で直ります。

③の「情報解析」以降。ここからが人間特有の世界。 同じ情報が「脳」にインプットされても、意識に上がってくるときの「解析後情報」は違っています。 同じものを見ても感じ方が違う。 同じ事を言われても時と場合で思惑が違う。 同じ状況なのに違う行動をとる。 日常で経験しますね。 どうしてそうなるのか? 本当の意味は本人には分かりません(分かっていると思うでしょうが、それは無意識にそう思わされているだけなのです)
では、なぜその様な事が起きるのか?

超簡単な例で考えましょう。
A:「うわ~~。 富士山の雪化粧が綺麗ですね」
B:「そうですね!」

誰がどう考えても言葉としては理解できる会話ですね? では、その質は? 富士山の大きさや形はどうでしょうか? 富士山を見たことない人の脳内の蓄積情報量(富士山)と見たことのある人の蓄積情報は同じでしょうか? 関東の人の描く富士さんと、富士市の我々の描く富士山は同じでしょうか? 雪化粧もそうです。 日本語を介さない人や雪を見たことがない人に雪化粧といって通じるでしょうか? 「綺麗」もしかり。 私の綺麗のレベルや性質は貴方と同じでしょうか? この富士山の例では無いですが、「あの子、綺麗だね」と言われた時に「何所が?」って思ったことは有りませんか? この段階で言われた人にとっては「綺麗」は「偽情報」です。 そうそう、大学生の頃、良く遊びに行っていた家に女の子のお孫さんがいました。 私から言えば全く可愛く無い。 でも、そこのおばあちゃんが「ほら、可愛いだろ~」って私に言って来るのですね。私にとっては偽情報。 その頃、お世辞の言えなかった私(今も言えないけど)は「赤ちゃんとして可愛い」と偽情報を意図的に返していました(赤ちゃんとしてもぎりぎりでしたが)。 私の情報はまさしくフェイクニュースだったのです。
つまり、先のAとBの二人ももしかしたら同じ情報を共有していない可能性があります。 その段階でどちらかにとって偽情報となる可能性があるのです。

③の段階の偽情報は、良く解釈すれば「思い違い」「誤解」。 悪く解釈すれば「判断能力なし」「理解不能」となる訳です。 どうしてこうしたボタンのかけ違いが起きるのか?
無意識の判断は「ニューロン・シナプス」と言う情報伝達経路と何所かに蓄積(?)された「経験値・情動情報など」(記憶の蓄積場所は何所かに分散してあるのでなく、脳が「記憶そのもの」であるという)を「時間」を理解したうえでくだす結論です(時間軸に関しては別なおりに)。 その時にどのような「経路・回路」を使うかで結果が異なるのです。 たとえばクリニックに通勤する時に、色々な手段(車、自転車など)、あるいは色々な経路(国道、細い道など)がありますよね。 でもどういうわけか「使い慣れた方法と通い慣れた道」で通勤しています。 無意識の判断経路も同じです。 何度も刺激されたニューロンやシナプスは感受性が高まり、そこの経路が活性化されてくるのです。 悪く言えばワンパターン、良く言えばルーティーンでしょうか。(意識と言う錯覚。8 フィードバク・フィードフォアードと同じ様な理屈と私は考えます) それはある意味その方がその生命体にとって「都合のいい、良い結果」を速やかに生む方法だからなのだと私は考えています。 しかし、その人にとって都合のいい答えも別の人にとって都合が悪ければ表現された時には「偽情報」に成ります。(ゲッ、トランプ大統領の言っている事は正しい?)
この段階で偽情報とならないようにするにはどうするか? 「無意識」に判断するパスツールを沢山持たせる事だとおもいます。 俗に言うと経験・学習・思考を繰り返すというでしょう。 コンピューターで言うディープラーニング?

③ででた解析結果は成否にかかわらずダイレクトに④「情報の意識化・情報の表現化」に行きます。 無意識のいいなりの私達は「100%正しい解釈」として意見をのべ、態度で意思表示をします。 では、この段階で「正しくない」と意識が判断して「無意識」に差し戻す事はできるのでしょうか?
皆さんも経験していると思いますが、できます。 言葉に出した瞬間に「あれ?」って思い、言い直しをした事が有りませんか? 言葉に出す前にもう一度考えろとも言われていますよね。 私なんか、すぐに直感的(無意識の支配下)に行動してしまうのでなおさらですが、一瞬「?」って思えば差し戻す事はできるのです。
でもそれは意識が意見を変えたのではない事に注意。 「?」と考えた「新たな情報」や音として伝わった「自分の言葉の情報」に対して①、②、③が働き、「無意識」が新たな解析結果を「意識」に提供しているだけだと私は考えています(無意識の解析スピードと意識の認識スピードは比較に成らないくらい違います。 無意識に取っては「再解析」でなく「新規の情報解析」と私は考えます)

今回も、かなりマニアックな話になってしまいましたね。
日常生活に役立つのかなァ~~~??  
フェイクニュース・偽情報も実は「情報として受け取ってから」の問題であるし、真実の情報も真実のままでいられるかは「情報として受け取ってから」の問題ってことです。
世の中全て、生かすも殺すもあなた次第って事ですね。

 

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